2010年5月22日土曜日

通学電車へのあこがれ。

通学電車へのあこがれがありました。たぶん、高校生のときに芽生えたものです。

思い出せるのは、みぞれのような雪がふぶいていた日のことです。自転車通学をしていた僕たちにとって、雪と風は大敵でした。通学路の田舎道は、見渡す限りに吹き抜けています。何も遮るものがないので、冷たい風がびゅんびゅん荒れるのです。雪で濡れた手袋は、はめていてもはめていなくても冷たくて、濡れた手は赤くしもやけてしまいます。息を吐いて手を温めようとしても、一瞬冷たさがやわらぐだけ。女の子たちはさらに過酷でした。ミニスカートからしゅっと伸びた素足は、いっしんにペダルを漕いでいました。氷の棒のように冷え切っているのが、ひとめで分かる白さです。

ようやく学校につくと、多くの生徒が遅刻している様子でした。席についてしばらくすると、遠方から電車で通っている生徒たちが、大幅に遅刻するのだと先生が告げました。雪と風の影響を受けて、電車がとまってしまったとのこと。

ふうん、大変だなあ……大丈夫かなあ。そのときはただそう思っただけでした。

しばらくして、電車組の生徒たちがゾロゾロと登校してきました。止まった電車の中で何をしていたのか聞きました。友達は答えました。ずっと本読んでたから、別に気にならなかったよ。

僕の通学電車へのあこがれをつくったきっかけは、たぶんこの時の記憶だったのだと思います。そうだ。電車の中では本が読める。通学時間を使って本が読める。それも寒くない。かじかむ手でサドルを握ることもなければ、凍ったような足でペダルを踏むこともないじゃないか。なんだか不公平な気分を味わいながら、僕はそう考えていました。

「いいなあ、僕も、電車通学だったら良かったのに」

小、中、高と電車通学とは無縁でした。電車にまともにのったこともなければ、きっぷの買い方すら危うい子どもでした。大学受験のために上京をしてきて、受験会場までの電車ですごく戸惑ったのを覚えています。なにごともなかったようにテストを受けたけれど、あのとき乗り換えに気づいていなければ、あの大学には受かっていなかったかもしれません。そんなヒヤヒヤするエピソードがあるくらいです。

そんな僕は大学進学で上京して、自分の住むアパートを探すとき、電車に乗れることを条件に選びました。電車で学校まで45分。なぜそんなところに住むことにしたのか……そこにはこんなワケがあったのです。もちろんこれは完全な失敗でした。そもそも満員電車では心地よく本など読めません(頑張ってますが)。ヘトヘトになった帰宅時にあの満員電車に乗るのは、もうそろそろ終わりにしたいです……。