2010年5月17日月曜日

美味しいは魔法の言葉だと思う。

僕にとってひとつ、魔法の言葉があります。

それは「美味しい」。

ごはんでも、お菓子でも、ひとと一緒になにかを食べるとき、僕はそれを口に出して言うようにしています。いや、もう、意識しなくても、言うようになってしまいました。美味しいものを食べているとき、わりと無意識に言うようになっています。本当はひとりで食事している時にでもいいたいです。周りに知り合いがいなければ言いますけど、職場でのひとりランチタイムでコンビニおにぎり食べてる時とかは、ちょっと言えません。「いただきます」「ごちそうさま」くらいは言いたいなって思うんですけれども。

好きでも愛してるでもなくて「美味しい」。

これ、本当にとってもいい言葉だと思うのです。一緒にごはんを食べているひとにも、一緒にしている食事を楽しんでいるって言うことをちゃんと伝えられます。美味しくって幸せだという感情を、ひとに伝えられます。

それに食事って、毎日繰り返していることだから、なかなか気づかないかもしれないけれど、すごく幸せなことだと思うのです。

僕たちはこんな豊かな時代に、こんな豊かな国に生まれたから、毎日毎日美味しい食事を楽しむことができるけれど、時代をさかのぼれば、みんなが食うや食わずの暮らしをしていた時代があります。時代を遡らなくたって、いまも貧しい国では飢餓で子どもたちが何人も亡くなっているわけです。

これはものすごい幸運です。

それだけの幸運に恵まれたのだから、100円のハンバーガーだって、50円の素うどんだって、心の底から楽しまないと、きっと損です。大損だと思います。これは別に、飢餓に苦しむ子どもたちのことを思いやれとか、そういう話じゃなくて、ただただ、そうやって食事を楽しもうとすることが、毎日のくらしのなかで、自分の心を満たしていける行為だと思うのです。

楽しむときには、コツがあります。たとえば、その食べものがどうやってつくられたかを考えてみるといいかもしれないです。ハンバーガーひとつとっても、レタス一枚、パン一枚、自分ひとりじゃとてもとてもつくれない。そんな食べ物が、たった100円で食べられる。時給1000円で働いていたら、たった6分働くだけで、僕たちはハンバーガーが食べられてしまう。これって本当にすごいことです。なんだか、ご馳走を、ただで食べさせてもらえているような、そんな気持になれます。

ビックマックセットは650円。

まあ、多少おおげさかもしれないけれど、僕の基本は、そういう考え方です。毎日3回、間食も含めたら3回以上、ごはんが食べられる。それを大事にしたら、それを幸福なことだと本当に思えたら、人間関係を除いて、そうそう不幸に感じることってありません。

僕にとってはそれってまあ、一種の宗教みたいなものです。食べ物崇めてます。本気で。

まあ、たまには、不味いなーって思いながら食事を楽しむのも、それはそれでありです。友達とこれまずいねーほんとまずいねーって言いながら、ゲラゲラ笑って食べるのも、それはそれで、なかなか楽しい食事だと思います。