2010年5月28日金曜日

人格障害(Personality Disorder)は本当に病なのだろうか?

先日教えてもらったとあるSF小説が思い出せません。タイトルも著者も思い出せないのです。もやもやとしています。日本語には訳されていないのだそうです。あまりにも問題作過ぎて、どこの出版社でも翻訳に踏み出せていないんだとか。内容を聞くと、確かに出版するだけでバッシングを受けそうな内容です。

舞台はとある架空の宇宙。その宇宙には、それぞれ異なる種類の"星人たち"が住んでいるのですが、それぞれの星にすむ"星人たち"にはそれぞれ特徴があります。うつ病星の人たちはうつ病患者。統合失調症星の人たちは統合失調症患者。それぞれ精神疾患を抱えた人たちがそれぞれの星に住んでいるのです。ところでそれぞれの星において、それぞれの「病気」は「病気」なんでしょうか。

まあ、記憶はあやふやですが、確かそんな内容です。ご存じの方は、タイトルを教えてください。まあ、その本を教えてくれた人にはまたどうせすぐに会うので、もう一度聞けばいいだけの話なのですが。

ところで「病気」って一体なんなのでしょうね。

その本を紹介されたときに、京都の大病院などで母親が娘3人の点滴に水道水などを混入した、つい最近起きた事件の話が出ました。僕はテレビでもネットのニュースでも犯罪や事件を扱うニュースをあまり見ません。なので教えてもらうまで、この事件のことを知りませんでした。裁判員裁判ということもくわえて話題性もあるようですし、もしかしたらテレビのワイドショーなどで大きく報道されていて、広く知られている事件なのでしょうか。

その事件では、岐阜県の主婦が傷害致死と傷害の罪に問われました。彼女は「代理ミュンヒハウゼン症候群」と診断されていたのですが、この「代理ミュンヒハウゼン症候群」を精神疾患としてどのように扱うかが問題で、彼女の刑事責任能力が裁判の争点だったようです。懲役10年が求刑されたとのこと。

代理ミュンヒハウゼン症候群は、WHOの国際疾病分類においては「成人の人格および行動の障害の病気」と分類されるようです。つまり、いわゆる人格障害。最近はパーソナリティー障害(※1)と呼ぶほうが好ましいと言われたりもしているようです。

※1)ちなみにこのパーソナリティー障害/人格障害、元の語は "Personality Disorder" なので、実は直球で訳せば要は「性格がおかしい」ですよね……と友人がツッコんでいました。言われてみれば確かに。

僕はこういった精神的な病について詳しく理解していません。この問題について理解するのは、僕にはあまりに難しすぎるというのが率直な感想です。理解することを放棄するつもりはありませんが、いますぐに理解しなければならないとは感じていません。

僕はこういった精神的な病について漠然と考えています。たぶん「名付け」や「分類」、そして「扱いかた」におそらく絶対的な基準というものが設けられる日はおそらくこないのだろうなあと。たぶん、その問題に関わる人たちが、問題にぶち当たるたびに議論をかわして決定していくしかないのではないだろうかと感じています。

パーソナリティー障害って、要は「不運」「めぐりあわせの悪さ」の問題なんじゃないか、と僕は思うのです。たまたま生まれたその社会において「その人格はおかしい」「お前病気だ」といわれているだけに過ぎない、と思うのです。

そこで先ほどのSF小説の話に戻りますが、その病を抱えた人たちが集まる星/社会があったとして、そこでその病は果たして病なのでしょうか。そういう星でなかったとしても、その人格を「別におかしくない」と受け入れることができる社会・人間関係の中に住むことができたとすれば、そこではその人格は「障害」ではないのです。

パーソナリティー障害、それはその人にとってぴったりの社会に生まれられなかった、そんな社会に住むことが出来なかった、一種の「不運」、一種の「不幸」なのだと思うのです。

言っておきますが、僕はその代理ミュンヒハウゼン症候群の被疑者をかばいだてしているわけではないです。人に危害が加えられるのは、阻止されてしかるべきだと思います。罪を問われるのは、ごく当たり前のことであろうと思います。

先日観てきた劇団ハイバイの「ヒッキー・カンクーン・トルネードの旅」では「ひきこもり」を題材に、そのあたりの「人格と人間関係について」をうまくとりあげていました。ストーリーもすごくよかったし、役者さんの演技もものすごくうまくて、とにかくこれはめちゃくちゃ面白かったので、おすすめです。