2010年6月25日金曜日

iPhone4がほとんど最高の進化だからこそ、Androidに期待する。

僕はまだ本製品を手にしていません。買う予定はいまのところはありません。そのうち職場の誰かが入手するだろうから、そしたらちょっと見せてもらいたいなと思っています。しかし、早速のレビューや感想を読む限り、予想通りの端末のようですね。

iPhone4、素晴らしい製品だと思います。

御存知の方は御存知の通り、僕はAndroid陣営を応援している人間です。しかし決してAppleを嫌っているわけではありません。素晴らしいメーカだと思います。iPhone4は優れた製品だと思います。

もしもあなたに相応の財力があるのならば、iPhone4を購入/機種変するのは最良の選択だと思います。

最も素晴らしいのはRatinaディスプレイ。

ケータイはケータイでしかなく、そのサイズには限界があります。ケータイ(携帯電話)という枠組みから外れることが出来れば、iPadのような製品も生まれます。しかし、この場合に僕たちが求めている製品はケータイであります。そうである以上、画面のサイズには制限があります。iPhone4は高精細のディスプレイにより、そのケータイ画面に表示できる情報量を「広く」できました。

しかしこの進化は、ここで限界です。

dankogaiも言っていますが、人間の視力にも限界があり、このRatinaディスプレイが紙と遜色ない画質を誇る以上、これ以上高精細にしても意味がないです。よってケータイ画面の進化はここでストップです。

唯一、進化の余地として残されているのは、3D技術くらいだと思います。しかし、3Dが要求するスペックと、ケータイに3Dを積む合理性が釣り合うまでにはまだ時間がかかるでしょう。

よって、現段階の技術におけるスマートフォンとして、iPhone4は現時点最高のハードウェア。これは過言ではないと思います。

さて、ここからが問題です。

僕には、いま、スマートフォンの要件とされているいくつかの条件の中で、iPhoneがこれ以上進化する余地があるように思えません。

単純な技術発展はありえるでしょう。カメラやビデオの性能が上がるとか、CPUの性能が上がるとか。あと、防水/防塵/バッテリーの伸びあたりは、欲しいところかもしれません。それから通信会社のイノベーションに対応するかたちでの進化、WimaxやLTEへの対応は予想できます。けれどそのあたりをのぞけば、スマートフォンにおけるイノベーションとしては、さしあたってここで打ち止め感があるのではないでしょうか。

そう、iPhoneのこれほどの進化は、ひとまずここで、いったん打ち止め。

けれど、スマートフォンにもうコレ以上の未来がないというわけではありません。

スマートフォンには、ケータイとしての進化が残されていると僕は思います。

それは、ガラケーへの進化です。

ガラケー化というと、あまり進化のようには聞こえないかもしれません。ですので、耳なじみのいい言葉を使ってこう言い換えてもいいでしょう。「ローカライズ」と。

赤外線通信や様々な電子マネー機能、ワンセグやといった、日本独自に発達してきた様々な機能を僕たちは既に生活の中に浸透させています。落としてなくしたときのロック機能や探知サービス、指紋認証。

これらが、Androidにはできて、iPhone(iOS)にはできないこと。

iOSの優位性として、ユーザインターフェースやデザイン、といったソフトウェアの優位性をあげられることが多いですが、これは、Androidが追いつける分野です。

ちなみに、"Froyo(android2.2)"に続き、"Gingerbread"の愛称で予定されているAndroid2.3では、特にそういったインタフェースなど、ユーザ体験の面での改良に着手するとのこと。2.1から2.2への短期間での進化で、劇的な速度改善が行われたように、2.3への期待は高まります。

なお、大きなニュースにはなっていませんが、宝石のように美しいインタフェースと賞賛されるwebOSのインタフェースをデザインしたMatias Duarte氏がユーザ体験ディレクタとしてGoogleのAndroidチームに加わったそうです。

現時点で確かにiPhone4が最高のスマートフォンであることを僕は否定しません。

しかし、もし頻繁な買い替えを予定していないなら、次の秋までまってみてはいかがでしょう。おそらくそのころには国内メーカが、Androidに少なくともひとつのローカライズを施した"ガラパゴススマートフォン"を出すだろうと僕は踏んでいます。

2010年6月24日木曜日

「新成長戦略」を読んでみる(2)

これの続きです。

3つめにくるのは「アジア経済戦略」です。

これについては、主張の大筋には同意です。しかし手段については反対です。

アジアでの経済戦略が、日本の経済を左右するということには同意です。ちなみに、個人的に僕の関心が向いているのは、海外市場よりも日本国内の市場です。とはいえ、内需と外需は両輪です。ですから、どちらがより重要であるということもありません。

ただ、日本はすでに素晴らしい商品を飽和させている国です。ですから、国内の需要を拡大させていくことよりも、外部に需要を頼るほうがイージーです。これはシンプルな話です。日本の製品を買いたい日本国民よりも、日本の製品を買いたいアジア諸国のほうが、市場規模も大きいです。ビジネスの相手として、本質的にはやりやすいはずである、と僕は考えます。日本人はすでに多くの要求を満たす素晴らしい商品に囲まれています。そんな日本人の要求に答えるよりも、アジア諸国の新興地域にモノを売るほうがやりやすいでしょう。問題はいかに安価に売ることができるかというところです。よってこの話題においては円相場についての問題が不可欠です。が、それはひとまずおいておきましょう。

政府主導で、産業界がいったいとなってアジアに向けた経済戦略をたてていく。この方針自体にはまったく異論はありません。アジアでの経済戦略を政府として支援する。実に素晴らしいことだと思います。

最近、日本の産業をガラパゴス的だと表現するのをよく見かけます。「日本の商品は日本向けの仕様に特化しすぎている」「独自の進化をとげた商品は国際標準にあっておらず、海外には売れず、海外の競争では生き残れない」というのです。

しかし、これについて僕は反論があります。明治維新のことを思い出してください。維新政府によるトップダウンの改革によって、日本は従来の鎖国的体質を一気に変容させました。アジアにおいてもっともスピーディな近代国家の樹立を成し遂げた、歴史上類を見ない奇跡的な改革です。四民平等といった近代的身分制度への転換、廃藩置県からはじまる中央集権国家の構築、グレゴリオ暦の導入による国際標準へのハーモナイゼーション。遠い東の島国でありながら、ここまで西洋の文化を取りいれて発達した国家が他のアジアにどれだけありましょうか。これのどこがガラパゴスでしょう。

確かに、産業の分野によっては、ガラパゴスが存在します。最も代表的なものは電波です。これについては経済学者の池田信夫さんをはじめとして、通信における多くの専門家がこの状況に変革を唱えています。僕も同意です。明らかにおかしい電波の割り当てと国際標準に沿わない電波の使い方を改めることは急務のはずです。

それだけが理由というわけではありませんが、無線端末(ケータイ)メーカーは、結果国内向けの無線端末販売に特化しました。そして、いくつかのガラパゴス的技術・仕様をケータイに生みだしました。たとえば赤外線による通信や、テンキーで文字入力をさせるハードウェアキーボードなどが代表的なものです。こういった技術は、確かに国際的には売れないでしょう。こういったものだけをもってガラパゴスというのであれば、確かにガラパゴスです。

しかし、別にメーカは国際的に通用しない技術ばかりを開発していたわけではありません。防塵防水端末の開発や、ソーラーパネルによる充電などの技術を無線端末に搭載してきました。これらを搭載した端末は世界的に見ても、十分に商品性が高く、かつ実に先進的な無線端末のはずだ、と僕は思います。

日本向けのガラパゴス的な仕様や技術は確かに存在します。ですが、「日本の商品が国際標準にあっていない」「海外で通用しない」というのは、僕は違うと思います。日本の商品はもっと海外に売れるはずです。

多くのアジア諸国よりも環境問題や都市化を経験してきた日本企業が、アジア諸国の経済成長に乗っかるようにしてビジネスをするというのは、まったくもって合理的だと思います。2020年を目標にしたアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を構築するためのロードマップを、というのにも賛成です。

しかし、このアジア経済戦略において不安なのは、アジア戦略を口実に特定産業、特に一部の大企業や産業に対して、政府として過保護な支援を行なおうとしているのではないか、という点です。

この成長戦略資料には「スマートグリッドや燃料電池、電気自動車など」を「日本が技術的優位性を有している分野」として「戦略的な国際標準化作業をすすめる」とあり、食品などについても、「食品安全基準の国際標準化作業」を行う、などとあります。また、日本が強みを持つ「インフラ整備をパッケージでアジア地域に展開・浸透させる」などとあります。

果たしてその「日本が強みを持つ特定産業」のアジア進出を、日本政府が、さほど積極的に支援する必要があるでしょうか? 企業は馬鹿ではありませんから、当然、国が支援などしなくても、アジアでの競争戦略が肝要だということは分かっています。

というよりも、多くの賢い企業たちはアジア市場の開拓にすでに取り組んでいます。それを日本政府が過長に支援するのは、ただの特定企業・特定産業優遇でしかないのではないでしょうか。

長期的な目線で見れば、そこで特定の大企業・産業に対して保護的な政策をとることは、かえってその産業を衰退させることにつながると僕は思います。さらに、日本が産むそのほかの商品を軽視することだと僕は思います。

たとえば、ユニクロが生んだような安価で機能性が高いカジュアルウェアの開発だって、世界に通用する技術・仕様ですが、この「アジア経済戦略」においては、都市開発系の産業よりも軽視されるでしょう。

シンプルに言えば、「新成長戦略」の汚点は、ターゲティング戦略的な要素が散見されるというところだと僕は思います。

僕は、まずアジア経済戦略において重要なのは「アジアに出ることができる日本の技術や商品は、あらゆる産業の中に存在するということをまず認識すること」だと考えます。環境技術や都市開発などだけではありません。衣料品や食料品、金融商品やIT技術商品、それこそ小売の販売手法にいたるまで。海外で通用する日本独自のビジネスはたくさんあります。

日本には確かにガラパゴス仕様はありますが、それが逆に強みを持つパターンもあります。

たとえば、日本人の舌に合わせて開発された食料品は、確かにガラパゴス的かもしれません。しかし、そこがかえって日本的な商品性として、海外で高く評価される可能性は非常に高いと思います。

たとえば、販売手法でもそうです。回転寿司のベルトコンベアもそうです。これは寿司という日本独特の料理・食事にあわせて開発された食事の提供方法です。しかしこれが国際標準でないことこそが、日本独自の商品性として評価されるわけです。

日本の四季にあわせて繊維の開発を繰り返したユニクロの衣料品も、そうです。機能的なカジュアルウェアとして海外での評価を、順当に獲得していってます。

政府の戦略として必要なのは、アジアでの自由貿易圏を構築するにあたっての外交努力程度でしょう。日本企業が他の国家の企業に対して、不利益な貿易協定を結ばされないように努力する、といった程度のことだと思います。

例えば、先日、中国で人民元の弾力化が行われました。人民元の上昇は中国の購買力を高めて、豪ドルなどの資源国通貨を押し上げると見られているため、中国政府はいずれ外貨準備の構成通貨を調整すべきだという声が出ているのだそうです。

僕は金融の専門家でないので詳しいことは把握していません。が、日本政府はこういったアジア諸国の経済政略について、ちゃんと外交の中で、声を発していってほしと思います。こういうことが本当の「アジア経済戦略」なのではないかと思います。

さらにいえば、必要なのは法人税の引き下げや解雇規制などの政策だと思います。単純にアジア圏において日本のビジネスの成長を促したいのであれば、まず、日本国内のビジネス全体に対して、競争を後押しする政策が必要なのではないでしょうか。

以下、次回「新成長戦略を読んでみる(3)」に続きます。

2010年6月22日火曜日

ブクログがはじめた電子書籍プラットホーム「ブクログのパブー」がすばらしい。

電子書籍とか取り組んでる出版社で、しかもまさにその事業部でバイトしながら、他の電子書籍プラットフォームをべた褒めしてもいいのか疑問ではあるのですが。

それでも「ブクログのパブー」がとっても素晴らしい電子書籍のプラットフォームになりそうなので、ご紹介します。

ブクログのパブー
ブクログをそもそもご存じない方のために解説しますと、ブクログは、自分の読んだ/読みたい/読むつもりの本を、ネット上の架空の本棚で管理し、自分の読んだ本の書評を書き込んだりすることができるサービスです。この手のサービスは他にもありますが、ブクログはそのサービスの系統の中でも、ダントツで利用率の高いサービスです。28万人のユーザのクチコミがここには存在します。

僕も実は以前から利用しておりまして、ブックレビューやミュージックレビューなどを拙速ではありますが公開しております。ブログのサイドバーにリンクを貼ってありますので、もしよければ僕の書評を読みに行ったりしてみてください。ここ経由で購入した書籍も数冊ありますね。

電子書籍が紙の書籍を代替する、といった話がここ1年の間で特に強く語られるようになりました。これは、iPhone4によって世に出るRatinaディスプレイや、Kindleに搭載されているEink、強力なCPUを搭載した無線端末の登場など、特にハードウェア面でのめざましい技術発展がもたらした結果だと思います。

電子書籍においてよく語られるのは、著者と読者のあいだにある複数の中間ビジネスの話です。編集や印刷、宣伝や販売といったビジネスですね。

現在の多くの書籍は、出版社が、印刷会社や書店と提携したうえで「編集・印刷・宣伝・販売」を著者に対してパッケージで提供している、と考えることが出来ます。これと引換に、著者は販売利益の多くと版権を出版社に支払うのだ、という見方です。

これらが出版社の外で代替可能になり、その外部での代替コストがさがればさがるほど、著者は電子書籍の利益をより手元に残すことが出来るようになります。

ブクログのパブーは、その代替コストを大幅に下げることが出来るプラットフォームです。しかもそれらをパッケージで効率的に提供しています。

より望ましいのは、パブーに編集者としてユーザ登録ができるようになることではないでしょうか。フリーの編集者が、パブーで編集者として著者にアクセス出来るようになり、信頼性の高い編集者による編集が、より販売能力を高めます。著者もこれを使ってプロの編集に編集を頼めるといいですね!

nanapiのような編集機能が、編集者として登録しているユーザーに向けて、クローズド、あるいはオープンに提供されるといいかもしれません。

以下、参考URL。

ブクログ
http://booklog.jp/

ブクログのパブー
http://p.booklog.jp/

パブーでの僕のプロフィールページ
http://p.booklog.jp/users/masafiro1986

パブーをリリースしました!
http://blog.mochivation.com/?eid=187

ペパボのプレスリリース
http://www.paperboy.co.jp/news/201006221410.php

追記

無名の書き手の立場から見た「パブー」のことを中心に書きましたが(電子書籍化によって一番わかりやすく恩恵を受けるのが無名の著者だと思うので)、パブーは読者にとってもとっても魅力的なプラットフォームだと思うです。

ブクログを通じて読者に声を届けられるし、電子書籍では味わえないと思っていた、書籍を所有しているという感覚がブクログの本棚で味わえるわけです。しかも、ひとに簡単に見せられる!

2010年6月20日日曜日

横書きにやられてしまったみたいです。

僕は小さい頃から本の好きな子どもでした。小説が好きになったときのことは、ブログに以前書きましたが、その兆候は子どもの頃からあったようです。文字がとても好きだったんですね。そういえば、まだ五歳や六歳くらいの子どものころの記憶で、はっきり残っているもののひとつに「あいうえお表」があります。ずいぶんそれを繰り返し見て、眺めて、覚えて、文字と言葉を使えるようになろうとした記憶があります。

言葉の音との関係のことを僕はよく考えていました。

「『か行』の音は規則的なのに『た行』はちょっと違う気がするなあ。た、てぃ、とぅ、て、と、のほうが音の流れで自然な気がする。『だ行』の『ぢ』は『でぃ』っていう音のほうがいいんじゃないかなあ。」

そんなんでしたから、小学校3年生の頃に、母からワープロのキーボードを教えてもらい、ローマ字を知ったときは、そのモヤモヤがぶわあっとひらけたような気がしました。

幼稚園のころに僕が書いた絵が、二十歳を過ぎてからのあるとき、実家の押し入れか何かから出てきました。それをみて母はいいました。

「まさひろの絵は、よく文字が書いてあるんだよね。注釈がついてるの。八百屋の絵には『やおや』とか、学校の絵には『がっこう』って但し書きがついてる。」

言われてみれば僕の書いた絵の多くには、どこかしらに文字が書いてありました。たぶん、文字の伝えられる力みたいなものを、子どもながらに感じていたんじゃないかな。といまになってみると、思います。

さて、そんなふうにして本をよく読むようになった僕なのですが、最近、たまに本をよむのに疲れを感じてくるようになりました。あれあれどうしたんだ僕、とずうっと不思議に思っていたのですが、ようやくその正体が分かりました。

インターネットでブログを読んだりするのはすごく楽しいのに、なんで本を読むのにこんなに疲れを感じるんでしょう。それでもやっぱり本は好きなので、たぶんそこそこは読んでいるのですが、やっぱり昔よりずっと疲れる。それをここのところ、なんども不思議に思っていました。内容がつらいのではないのです。すごく面白い本でも、やっぱりちょっとつかれてしまうのです。けれどつい先日、つかれる本とつかれない本の違いに気づきました。

縦書きが苦手になってしまったのです。

あまりにもネットやメールで横書きに慣れてしまって、生活の多くを横文字に満たされてしまっているので、縦書きがちょっと苦手になってしまったのです。

これには自分でも驚きました。

なにせ小さな頃から本好きでしたから、それなりに縦書きの本に対する愛着が自分にはあると思っていたのです。特に小説は縦書きでなくてはならない、とそんな思いをどこかで共有していたような気さえします。しかし身体は正直というか、すっかり横書きに僕は慣らされてしまったようなのです。

そんなわけなので、実は電子書籍に僕はこの点でちょっぴり期待しているのです。できれば、デフォルトが縦書きでも、横書きにして読めるようなかたちで出版されることが多かったらいいなあと。

ただやっぱり小説などは縦書きで、という思いがちょっとあるのも事実です。たぶん横書きだと身体というか僕の眼には読みやすいのですが、気持ちが何だか横書きをやんわり拒否してしまうような気がします。

「新成長戦略」を読んでみる(1)

18日、菅首相が打ち出した「強い経済」への道筋として「新成長戦略」が打ち出されました。そのなかに「法人税の引き下げ」という項目が盛り込まれました。現在約40%の実効税率を、段階的に25%程度まで引きさげるそうです。僕は引き下げに賛成です。

25%といわず、もっともっと下げていただきたい。シンガポールは10%です。日本とシンガポールの法人税が両方10%になれば、たぶん、シンガポールに拠点を置いていた企業が、けっこう東京に流れてくると思います。だって東京、めっちゃ魅力的な都市だもの。

もちろん、シンガポールからだけではなくて、法人税の高さが障壁となって、日本進出をためらっていた外国企業がはいってくると思います。学生のみんなには嬉しいことに、人気の外資系企業の就職先が増えるかもしれませんね。

法人税って高いですよね。実効税率40%って、相当ですよ。法人税は会社の利益にかかります。売上高から、経費を引いた金額にかかるわけです。それだけの利益を国にもってかれちゃう。これはつらい。不況だ不況だ、と騒いでいる企業も、法人税の引き下げは、嬉しいでしょうね。ちょっと余裕が出て、新しい人雇おうかな、なんて言い出すかもしれない。就活中のみんなには嬉しいですね。

さて、この新成長戦略。せっかく政府のウェブサイトPDFがアップロードされていたので、読んでみることにしました。でもこれすごく長いです。しかもなんかわかりにくい。全部読むのはぶっちゃけつらいです。

なので15ページあたりから見出しと小見出しだけ拾っていって、気になった見出し・小見出しだけ読み込んだらいいんじゃないかなと思います。ただ、この見出し・小見出しのつけかたも大変へたくそなので、やっぱりわかりにくいです。

というわけで読んでみましょう。

最初にくるのが「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」。

僕の評価としてはこれはNGです。

っていうか、このグリーン・イノベーションってなんでしょう。

この手の政策で思い出すのは、エコポイント。あれ、ちょっとわけわからなかったですよね。僕、エコポイント制度ができた直後に冷蔵庫買ったんで、エコポイントもらいました。まあ結構、オトク感はありましたね。でも、実際、その冷蔵庫買ってから、冷蔵庫たくさん使うようになって、電気代も増えたし、たぶん環境にはよくなかったと思います。

このエコポイントって、要は車や冷蔵庫買う人のほうが車や冷蔵庫買わない人よりエコってことになってて、それってどうよ、と僕は思っていました。本当にエコって言うなら、もっとちゃんとエコやってるひとにエコポイントあげなきゃダメですよね? 車持ってないひととか、夜中のコンビニいかないひととか。

で、実際、今回政府が打ち出しているのは「環境コンシェルジュ制度」。各家庭にたいしてアドバイスをするコンシェルジュを制度化するみたいです。各家庭って……。どんなふうになるのかはまだ僕よく知らないんですが、家庭訪問でもするのでしょうか。そしてエコ企業の商品とかをオススメするとかかな。だとしたら、なんていうか、余計なお世話だなあ、という感じです。そのほかにも色々やって、環境事業での新規雇用を増やす戦略みたいです。

僕はエコって別に嫌いじゃないんですよ。環境は大事。緑とか、やっぱ必要。公園とか街路樹とすごく大事。僕は、そういうところに国がお金を出したり、ルールづくりをしたりするのはいいと思います。緑化事業とか。排出ガス抑制とか。

でも、エコって、基本的には経済活動とは相反するものだと思うんですよね。だからある程度、経済成長を阻害しちゃうこととかも覚悟したほうがいいと僕は思います。もちろん、経済成長と同時にやれるものならやったほうがいい。けれど、グリーン・イノーベーションなんて、ウマイ話がうまくいくようにはちょっと思えないかな。

僕が代わりに提案したいのは、「炭素税」。ただ、産業界からの反発は強いようです。冒頭にあげた法人税の引き下げと引換えに立案したらどうでしょうか。

次に来るのが、「ライフイノベーションによる健康大国戦略」。

僕の評価としては、微妙。

医療や介護を、経済成長のためのひとつの成長産業だと捉えることには反対しません。そしてこの分野に多くの雇用を確保するというのにも、とっても賛成です。僕のゲイの友人は有料の老人ホームで、介護職をしているんですが、いつも夜勤とかが多くて大変そうです。なので、人手がもっと増えて、介護や医療の仕事がもっともっと、働きやすくて環境のいいものになってほしいです。

けれど、この項目に書いてあることのほとんどは、具体性があんまりありません。しかし、まだ管内閣が成立してまもないので、具体的な戦略をすぐに用意できなかったということかもしれないので、まだちょっと様子を見てもいいかな、という感じがします。

ひとつ不安な項目は「バリアフリー住宅の供給促進」です。なんだか先ほどのエコポイントに近い匂いがしませんか。バリアフリー住宅にリフォームしたらバリアフリーポイントがついてくる、みたいな。そういう類の政策なら僕は反対です。バリアフリーはめざしたほうがよいと思うのですが、それのための努力は各業界に任せた方がよいかなと思います。そこで住宅業界を無駄に保護などして、不当に儲からせるのは違うように思います。

具体的に医療と介護を成長産業にするにはどうしたらいいんでしょうか。

僕は、単純に福祉や医療のサービスの価格をもう少し高くしてもよいとおもうんですよね。本来、医療も福祉もすごく価値のあるものです。もっとそれなりのお金が支払われるべきかなと思うのです。

確かに、病気にかかって医療費が莫大で生活できなくなる、なんていうのはやっぱり国が阻止したほうがよいと思うので、そこを国が保険などで安価に保証するのはよいかと思います。

しかし、たとえば、高齢者への医療・福祉をここまで安価にする必要ってないと思うのですよね。年代別の個人金融資産残高などを見ると、やはり高齢者は相当の金融資産を抱えこんでいます。そこに安価なサービスをこれ以上安価なままで供給するのは違うんじゃないでしょうか。

それよりも、高齢者たちからある程度お金をとって、そのぶん、医療や福祉のサービスを充実させたり、従事者の働く環境をよりよいものにしていくほうがよいのではないでしょうか。高齢者のみなさんたちにとっても、従事するひとたちが働きやすく、もっと楽しく働くようになって、老人ホームや病院が明るくなったほうが、きっといいと思うのですよね。お金より、そっちのほうが大切でしょ。

僕たちが高齢者になったときにもちゃんと病院や施設、機能していて欲しいですしね。

だからちゃんと成長戦略としてこの項目が盛り込まれたこと自体は、評価していいかなと思うのですが、まあ、これからをもうちょっと見守る感じですかね。

さて、そのほか新成長戦略にはぜんぶで21項目あります。21世紀だから21でいいじゃんとか思ってそうですね。多すぎるので、ちょっとひとつの記事では書ききれない感じです。なので、続きはまた「新成長戦略を読んでみる(2)」で。

なんかちょっと難しい話しすぎて、頭痛くなってくるので、反動で明日あたりイケメン萌え記事とか書きたいです。

2010年6月16日水曜日

憧れの新婚生活。

Prop8ってご存じですか?

カリフォルニアで同性愛者の結婚に反対する団体がカリフォルニア州憲法の修正を求めました。内容は「結婚を男女に限るものとする」というもの。カリフォルニア州憲法は51%の賛成があれば修正が可能となっています。この修正案のことを、Proposition8(略してProp8)と呼びます。

で、この州憲法改悪案に反対し、同性愛者を支持するYoutubeユーザが投稿した映像が話題になっています。今日はそれを紹介します。



動画は英語ですが、しかし英語が分かる必要はありません。僕も何言ってるかはわかんなかったです。

動画では結婚したふたりの男性カップルの様子が描かれます。これは男女のカップルにおきかえても成りたつ映像だなあと思います。日常の結婚生活における「あるある」なシーンをいくつか描いています。

やっぱり憧れますねー。現状、結婚できないぶん、余計結婚には憧れちゃうのかも。

まあ結婚とかいうまえに、そもそも彼氏作れよという話なんですが。

追記ー
ところでこのProposition8なんですが、GoogleとAppleが反対表明を出しています。通常シリコンバレー企業は政治的な争いに首をつっこむのを嫌がるそうですが、この件に関しては社を挙げて反対を表明したのだそうです。嬉しい話ですね。

2010年6月14日月曜日

有名になる前から好きだったんだ!

有名になる前から好きだったんだ! って主張したくなることってありませんか。僕はあります。いくつかあるんですが、そのひとつが、志方あきこさんという女性シンガーソングライターの存在です。

志方あきこさんは、多重録音によるコーラスワークと民族音楽風の楽曲でしられるシンガーソングライターです。有名なところだと「うみねこのなく頃に」の主題歌を手がけていらっしゃいます。彼女の音楽を聞いたことのないかたは、ぜひ聞いてみてください。これはわりと初期の方に発表された彼女の代表曲「MARE」です。


僕がはじめて志方さんを知ったとき、志方さんはWEB素材としてmidiファイルを頒布している音楽素材サイトのオーナーでした。いまでもその素材配信は残っていますが。いま志方さんの公式ウェブサイトであるVagrancyは、昔は音楽素材の頒布をおこなっている素材サイトだったのです。

当時はテキストサイト全盛期で、僕も実はちまちまとウェブサイトを作っていました。僕がHTMLだのCSSだのを勉強したのは、実はそのころです。まあ、そんな話はどうでもよくて、要はそんなに昔からこの人のことを知っていたんだよ! と主張したいわけです。

僕は志方さんの音楽を知るなり、すぐに気にいって、自分のつくっていたテキストサイトを表示するとその音楽が流れるようにしました。昔はよくありましたよね、開くと音楽が流れるウェブサイト。まあ、一部にはいまでも存在しているんですが。初期に頒布されていたのはいわゆるオルゴールタイプのmidiファイルで、すごくシンプルなものではあったのですが、それでもそれだけで十分に聴きごたえのあるものばかりで、夜中にひとりで染みいるように聴きこんでいました。

http://www.vagrancy.jp/other/material/sozai/sozai_2.htm
これの「NOTTE」とかが超好きでした。

志方さんは素材サイトの活況とともに、MP3による楽曲を発表しはじめ、自主制作によるCDの発売をはじめました。このとき、僕はまだ中学生。ものすごくCDが欲しくて、なんとか手に入れるすべはないかと、志方さんの通販サイトと毎晩のようににらめっこをしていました。当時、インターネットで物を購入するなんてことはまだ当たり前のことではなく、親を説得できなかった僕は泣く泣くCDを諦めたのでした。結局手にいれたのは、上京してからのことです。

そんな志方さんがいまやプロとして音楽で活動していらっしゃる。当時は、想像だにしませんでした。僕にとってこの志方さんの軌跡は「インターネットからプロが生まれた」のをみたはじめてのケースでした。

今やニコニコ動画など、インターネット発のアーティストなどは珍しくもなんともありません。しかし、僕がまだ中学生の頃、それはまだ身近にある話ではありませんでした。だからかえって、僕は未知の才能を自分ひとりで探し当てたような錯覚を味わっていました。

そういえば、幼稚園のころの夢は「うちゅうひこうし」だったなー。

中学校のころとかは全然理科とか好きじゃありませんでした。成績悪かったし。

高校にいたってはほぼ未履修というゆとりです。なので、理科ってそんなに詳しくもないのです。しかし最近、理科、今さら好きです。科学オモシロイ。でんじろう先生の動画とかみてウハウハしています。生物、物理、化学、地学。どれもこれもオモシロイ。ちゃんと勉強しようとかは別に思わないんですけど、こういうのって見てるだけで楽しいです。

僕のバイト先には本がたくさんあって、時間がある時には好きに読んで良かったりします。そこで最近ちょこっと手のあいたすきに読んでいるのがこの「いまさらきけない化学の疑問」。どうですかこの不機嫌そうな表紙。「なんかもうめんどくさ~いだる~い」って感じで、化学の疑問とかどうでもよさげな表情です。


左巻 健男
技術評論社
発売日:2009-05-26

でもまあ表紙はともかく中身はちゃんと面白いんです。

紅茶を冷蔵庫で冷やすと、渋みが出る「クリームダウン現象」というのがあります。これは、紅茶の主成分であるタンニン酸とカフェインが、冷やされることによって結合し、水に溶けない固体粒子になることから起こる現象だそうです。それが舌の上で温められて溶けるときにタンニンのつよい渋みを感じるから、あんなに渋くなるんだそう。

こうして考えるとなんで理科や数学ってちいさなころに苦手だったんだろう、と思います。数学も同じなんですよ。数学についての雑学とか聞いてるとすごく楽しい。なのに中学の頃とかは、まるで出来なくって。証明問題とかは確か好きだったけど、なんでだろうか、何故か苦手科目だったんです。

今進んでいる道を後悔しているというわけではないんですが、理系の道を歩んでいたらどうなってただろうな、ということをふと思うときがあります。

昨日のはやぶさ、僕はリアルタイムで見ていました。すごかったですよね。ロマンです。宇宙すごい、ロケットすごい、はやぶさすごい、技術者たちかっこいい! ってぞくぞくしました。

技術が進む道って本当にロマンでいっぱいだと思います。未知の生物や未知の物質、未知の惑星や未知の実験。知らないことやまだ見ぬものに挑んでいく姿は、パッと見地味かもしれないけれど、もんのすごくカッコイイ。どこそこの研究室がなんとかという実験に成功した、なんていうニュースは、たまにそういえば見るけれど、ああいうところにもきっとドラマがあるんだろうな、と想像してしまいます。

ただ、まあ、もちろんそういうロマンがあることばっかりじゃないんでしょう。大変なこともいっぱいあるんでしょう。あと未知に挑むものばかりが、科学や技術や理科系じゃないとも思います。

けれど、はやぶさを見ててやっぱり、思っちゃいました。うらやましいなあ、僕もこんな道を進んでいたら、こんな人類の偉業に携わることができたのかもしれないなあって。まあ、今から追いかけるほどの熱量は、今の僕にはないのですけれど。なにかさしあたってそこに夢があるわけでもないし。でも、昨日は結構ココロ動かされました。

やっぱり物語が美しいですよね。失敗と挑戦を繰り返して、ようやく成し遂げたっていうさ。まあこのへんで「物語」とか持ち出しちゃう次点で僕は文系なのかなって思いますけれども。


こうやって、ちょっぴり感動だけシェアさせてもらっちゃうのは外野の特権かもしれませんね。これは実際に携わっているひとたちからしてみるとどう映るのかは分からないんですが、でも、昨日の夜ははやぶさのおかげで僕はすごく楽しかったです。人類ってすごいなあって感涙してしまいました。

おかえり、はやぶさ。

2010年6月13日日曜日

メガネ男子っていいよね。

メガネをとったら実はイケメンだった/美少女だった! っていうのは古典漫画にありがちな展開ですが、むしろメガネかけるとイケメンだったり美少女だったりすることの方が多いなあと思ったりします。

「今日コンタクト落としちゃって……」とか「なくしちゃって……」とかいって、ある日突然現れるメガネくんに恋したことは今まで何度あったかと。黒ぶちメガネ最高です。もう伊達でいいからかけてほしいです。目の保養したいんです。実名でこんなこと書いてる自分が最近怖いです。

先日、二丁目のクラブ "ArcH" で、メガネナイトなる何だかまた素敵な名前のゲイナイトがありまして、僕のゲイ友だち連中はtwitterで前日からその話題をしていました。しかしこのゲイナイト、毎回いつも水曜日なんです。僕が通っている某ゲイバーの営業日も水曜日。だから行けないよね、と僕は思っていたのですが、授業を終えてそのゲイバーに出かけていくと、いつもいるはずのメンツがいない。おかしい。聞いてみると俺をおいてメガネナイトに出かけていました。友情なんて……!!

メガネ男子といえば、一時期は特集本が出版されるくらいに猫も杓子もメガネ男子みたいな時期がありましたが、あのブームはどこにいってしまったんでしょう。タレントが実はメガネ男子だったみたいなのもあったりしましたが、みんな結局活動するときは外してしまったりしていて。結局、おぎやはぎとオリラジ藤森くらいしか残ってない感じがします。まあ、最近テレビみていないので、そのあたりのこととか実は全然わかってないんですけど。佐藤健はメガネかけてほしいです。コンタクトレンズなんか滅びてしまえ。

アスペクト
発売日:2005-09-15

なんでコンデジにはインカメラがついていないの?

写真って面白いですよね。

僕はアート系の写真も好きですし、そうでない日常的な写真も好きです。アナログ写真も好きだし、デジタル写真も好き。きれいな写真に見とれることもあります。アホらしい写真も大好き。うまく撮れていなくてもブレブレでも、ケータイカメラで撮った思い出の写真は大好きだし、小さな頃に撮ったアルバムの写真も好き。ヒトの映った写真の方が好きなことが多いんですが、そうじゃない空の写真や建物の写真も好きです。廃墟の写真集なんていうのも実は大好きだったり。

ちょっと前の話になるんですが、二丁目友だちと一緒に、表参道でやっていたレスリー・キーの写真展を見に行きました。レスリー・キーはファッションや広告、CDジャケットなどの仕事を中心にやっているシンガポール出身の写真家で、知っている人も多いと思います。浜崎あゆみのジャケット写真やカレンダー写真の多くは彼が手がけているらしいですね。コマーシャル・フォトのプロフェッショナルというわけです。

このYoutube動画はその写真展の様子。多くの有名人のヌード写真はやっぱり皆の話題でした。僕は三浦春馬くんを目当てに行ってたのですが、彼は顔写真だけでした。みんな脱いでんのに!


彼は写真家ですが、彼の技術は写真を撮影することだけではないのだそうです。たとえば写真を加工することもまた彼の技術。Photoshopを使いこなし、狙う作品にしたてあげる。レスリーの写真にうつる人たちの肌の美しさはすごいです。多くの人が彼に撮られたがるのも無理はないと感じました。フォトショすげー。レスリーすげー。

Photoshopといえば、先日CS5がリリースされましたね。もはや神。日本にはヤオヨロズの神といっていろんなところに神様が宿っていると考える文化がありますが、このへんにも宿っているのではないかし。

ところで、最近コンデジ(コンパクトデジタルカメラ)が欲しいなあと思っているのですが、なんでコンデジにインカメラって搭載されていないんでしょう?

インカメラってすごい発明だと思うんですよね。ケータイには主に自画撮りのためにインカメラがついているのがいまや普通だったりしますが、これってコンデジにもつけていい機能じゃないんでしょうかねえ。

みんなで一緒に写真とろうってなったときに、誰かひとりがカメラマンに回らなきゃいけないのを回避する素晴らしい手立てだと思うのです。

2010年6月11日金曜日

英語話せないと国際同性婚できません!!(イギリス)

同性愛者ならば、きっと誰でも一度は同性結婚のことを想像するんじゃないでしょうか。ムリムリ、なんて思っている人も、きっといつかは、と思っている人もいると思いますが、僕は後者です。いつかは同性結婚したいし、出来るならば国内で、と思っています。

けれど、実際日本でその制度が出来るまでにはまだまだ時間がかかりそうです。そもそも国会で議論されてすらいない感じですもんね。確かにこのあいだのLGBTweekのような取り組みが政府サイドの後援で行われたりしてきています。このあたりは同性愛者の権利に対して積極的な社民党が、先の政権交代で躍進したことの影響も強いのでしょうか。しかし、それにしても、今おそらく国民にとって最も広く関心を集めているのは経済問題。僕は同性結婚制度や同性パートナーシップの制度設計に着手することも一種の経済対策になると思ってるんですけどね。

そんなわけで、国内の事情はしばらく動向を見守るほかなさそうだという感じではあるのですが、一方、海外では同性愛者の権利について日夜さまざまな動きが起こっています。そのあたりは各所のゲイニュースサイトなどで報じられている通りで、特に「みやきち日記」さんや「GAY LIFE JAPAN」さんあたりなんかが定期的にニュースを紹介しています。

僕は最初このブログをはじめるときに、そのような海外の同性愛関連ニュースも扱おうかなと考えたのですが、やめました。まあ、今後扱う可能性はないとはいえませんけれどね。扱わないことにしたのは、単純にネタがかぶるからという理由もあるんですが、それを僕がやると、単なるニュースのコピペにおわってしまいそうだなと思ったというのが大きいです。だったら僕のブログでやる意味あんまり感じられないですし。

というわけで僕が扱うニュースネタは「いっけん同性愛と関係なさそうなニュースを、同性愛者視点から読み解く」感じでいこうかなと思っています。そんなわけで今日は、若干海外ネタよりなニュースをひとつ。

英国、欧州域外からの移民に英語試験を義務化
http://www.cnn.co.jp/world/AIC201006100015.html

イギリスといえば、同性間でのパートナーシップ法が制定されている国です。今回制定されたこの英語試験の義務化は、同性パートナー、同性カップル、同性フィアンセの移住者、いずれにも異性愛の配偶者やパートナーと同等に課されるようです。

というわけで、イングリッシュ・ジェントルマン/レディーにあこがれを抱くゲイレズビアンのみなさん、英語ちゃんと勉強しなきゃいけないみたいですよ。Google翻訳に頼りきりな僕はどうやら弾かれてしまいそうです……。まあ、僕、外専じゃないんですけどね。知らない人のために解説すると、外専っていうのは、ゲイ用語で外国人好きという意味です。僕の友だちにも結構います。

僕、実は高校は英語科出身なのです。それでイギリスにホームステイしたことなんかもあったりします(修学旅行、イギリスでした)。そのころの僕はわりかしそのへん度胸があったという理由からなのか、英語でコミュニケーションとか得意なヒトでした(わりと得意科目でした)。しかし、大学に入ってから、まともに英語の授業をとったことが今の今までなかったんで、最近久々に英語の授業を受けてまして、自分の語学力の衰えに愕然としています。やっぱこれからの時代、英語は、やっぱりしゃべれたほうがいいですよね……。

ちなみに……

僕は、この英語試験義務化政策について「一長一短だよね」と思っています。そしてどちらかといえば弊害のほうが多いと思っています。

この政策のよいところは、英語試験の義務化によって、英語の流暢な優れたビジネスマンが流入することが見込まれるところだと思います。反対によくないところは、移入してくる外国人がみな英語を話せることで、イギリス人の他言語学習意欲をそいでしまうところです。

この類の問題は実は日本にもあります。例えば、外国人介護従事者や外国人看護師などを受け入れる制度の問題です。現在の制度はあまりに厳しすぎる、というのが僕の所感です。この問題についてはまた後日改めて、取り上げたいなと思っています。

ところで、英語つながり(強引)なのですが、僕の友人で、アメリカ人と日本人のハーフのデブ専ゲイの@hyoshitoが、ゲイの作家・伏見憲明さんの最新作「団地の女学生」のPVをとりました。

一種の前衛アートだと思います。よければみてください。


あとtwitterのPostもよかったらリツイートしてあげてください。


「団地の女学生」ぜひお買い求めください。

伏見 憲明
集英社
発売日:2010-04-05

2010年6月9日水曜日

「カミングアウトがしたいんです」――夜中三時の相談メール。

このブログをはじめて1ヶ月が過ぎました。ほとんど毎日の更新で、おかげさまで多くアクセスをいただくようになりました。

このブログが参加している同性愛向けのブログランキングで、3位を獲得することが出来ました。ありがたいことです。いろんな人から文章を読まれるのは、恐れ多くもありますが、それでもすごく楽しいことですね。ちなみに、どの記事を読んでクリックされたかもちゃんと分かるようになっています。気に入った記事があったら是非クリックしてくださいね。


さて、最近立て続けにブログの読者さんから、何通かメッセージをいただくことがありました。そのうち、そのかたの了承を得た上で、ご紹介したいものがあります。

メッセージをくれたのは、僕よりも2歳年下で地方都市に住んでいる大学生のゲイ・S君です。

僕のブログを読んで、同年代のゲイがこうやってブログで自己表現をしているということに驚いたというS君は、いま、友人たちへのカミングアウトについて悩んでいる、と僕に相談してきたのでした。
僕は今、大学生ですが、高校の時の友達、あるいは大学の部活の友達と遊ぶ機会が結構多くあります。彼らに自分がゲイであることを伝えたいと思っていて、そしてこれから出会う人々にも、自分がゲイであることをオープンにしていけたらいいな、と考えています。
彼のメールからは、カミングアウトについて真剣に悩みぬいてきた、その葛藤がつづられていました。何年もの付き合いのなかで、ずっと嘘をついていたことへの負い目をどうしたら精算できるのか、友人にこのことを話すとしたらどのようにしたらよいのか、切実な文章が、うったえかけるようにつづられていました。僕の普段のブログよりも長いメールでした。

メールが送られてきたのは、夜中の3時半。みんなが寝静まった夜更け、自分のこころと闘いながら、助けを求めるような気持ちで僕にメールを送ってきてくれたのだと、一方的な想像ではありますが、僕はそんなふうに捉えました。

このメールに応えることができなければ、僕はなんのためにブログをはじめたのだ、そう思いました。

僕がブログをはじめたひとつの理由には、「言葉をちゃんとつづる20代のゲイ」でありたかったからでした。今やゲイブログというのは珍しくもなんともありません。多くのゲイがいろんなところで情報を発信しています。けれど、いちばん多感で繊細で、心細さを感じるであろう10代・20代にとって、「同じ世代」でちゃんと言葉をつづっているゲイの存在はもうちょっと必要とされているんじゃないか、と思ったのです。

そんなひとがどれだけいるのかはわかりませんでしたが、このメールは、少なくとも僕のブログを必要としてくれた人が、ちゃんとひとりいたんだ、ということを感じさせてくれました。

僕は、返事を書きました。
(前略)
このようなメールをもらえることが、僕はとても嬉しいです。
それは僕の書いた文章がこうしてSくんの心まで届いたということだと思うからです。
お互いに年も近いですし、ぜひ、気軽に仲良くしてください。
アドバイスをということですが、僕の答えは期待に沿わない答えかもしれません。
僕はSくんが出した答えこそが正解だと思うから。
僕はSくんが、ちゃんと自分にとっていちばんいい方法でカミングアウトできると思います。
(中略)
友人に対して今までごまかしていたことや、それに対して負い目を感じていたこと、このメールに書いてくれたような言葉でいいと思います。
そういったことをちゃんと、自分の言葉で書き出してみて、それをそのまま伝えれば、きっとSくんなら、うまくやれるだろうと思います。
メールの文面でしかSくんのことが分かりませんが、僕はそのように感じました。
きっと今までSくんは、じゅうぶん悩んできたはずです。
今までじゅうぶんに恐れ、じゅうぶんにおじけづき、じゅうぶんにふるえ、今までじゅうぶんに眠れない夜を過ごしたはずです。
(以下略)
カミングアウトをしたい、という彼の意志を尊重して、その背中をポンと押してあげられるような返事が出来れば、と考えました。

彼からはすぐに、感謝のメールと、カミングアウトを決心するメールが届きました。週末に試みてみます、ということでした。

きっと大丈夫だから、という言葉、とても心強く思います。
今日も一日考えていて、やっぱり先に延ばそうかとか、そんなことをしても結局・・・とか、いろいろ思ったのですが、あんまりぐだぐだ考えても仕方ないということで、決心しました。
そして先日、彼から報告のメールが届きました。

カミングアウトに対して返事をくれた人はみんな、好意的なコメントで迎えてくれて、「よく言ってくれた。嬉しい」というような友人たちから返事がかえってきたようでした。たぶんみんな受け入れてくれたのだと思っている、とのことでした。

Sくんは実感を素直に綴ってくれました。

メールの文面から察するに、彼のカミングアウトは、彼の思い通りというわけではなかったようでした。

とある友だちと4時間ほど語りあったそうです。その友だちは、Sくんがオープンリー・ゲイであろうとしていることに、反対でいるようです。「高校時代の友達なんてのはかなり特殊で、別の社会でもそのノリでふるまうのは、すごく危険だから」と忠告をされたのだそうです。

それに対して、Sくんはこう書いています。

もちろん僕だって「こんにちは」の代わりに「僕ゲイです」って言うわけにいかないのはよく分かってます。でも、そういうことを言うきっかけは、いつでもすごく近くにあって、そういう時にいちいちごまかして苦笑いするのは嫌だというだけのことなんです。

カミングアウトをしてそれで終わりというわけではないし、いろいろ試行錯誤をして、失敗もして、それで自分なりのやりかたみたいなものを見つけていくしかないんだ、Sくんはカミングアウトを通して、そのように感じたのだそうです。

僕のアドバイスが、果たしてSくんのためになったのか、それはSくんにしかわかりません。

僕はオープンリー・ゲイとして生きていて、今のところそれは僕にとって何のマイナスももたらしていません。今僕はすごくいい人生を送れていると思います。けれどそれは、ゲイの誰もがオープンリー・ゲイとして生きるべきだということではなく、オープンにしたがゆえにつらいめにあうことだってあるかもしれません。僕には「そんなリスクないよ」とは言えません。

だから、誰にでもカミングアウトをすすめられるわけじゃないです。

けれど、Sくんにはそのリスクをとりたいという思いがあって、僕はそれを後押しできたのかな、と思っています。Sくんは、メールの最後をこうやって締めました。
こうやって後押しをしてもらえなければカミングアウトはなかったと思っています。実は、自分をそうせざるを得ない状況に追い込むという意味も込めて、相談したという側面もあるんです。本当にありがとうございました!
僕のような未熟者でも、こうやって誰かの役に立てた、そのことが嬉しくて、「ありがとうございました」と言いたくなってしまったのは、僕の方でした。

今日の記事はなにか結論があるわけじゃありません。カミングアウトはすべきだとかすべきじゃないとか、そういう話をするつもりでもありません。ただ単に、このSくんとのやりとりを紹介したくて書きました。これを読んだ誰かが、また僕の言葉に、何かを感じてくれるかもしれない、と期待を込めて。

いつもブログを読んでくれているみなさん、ありがとうございます。アクセスがあるのをチェックするたびに、嬉しく思っています。

朝ぼらけの植物採集。

数カ月だったか、それくらい前の話です。

このブログをお読みの方はご存知の通り、僕は日本最大のゲイタウン・新宿2丁目によく遊びにいきます。終電でちゃんと帰宅することもありますが、しかし大抵は明けがたまで酒もろくに飲まずに友だちと喋りたおしております。楽しい時間というのは早く過ぎてしまうものでして、ふと気がつくともう始発の時間、なんてことはしょっちゅうであります。

その日もそのように飲み明かした朝のことでした。楽しい時間がもっと続いていればいいのにと思うのは何も僕だけの話ではなく、一緒に飲んでいた連中のうち、僕を含めたゲイ3人はそのまま家に帰ってしまうのが億劫でしかたなくなっていました。新宿2丁目から新宿通りを西へ歩く道はいつも後ろ髪をひかれる思いです。その日はいっそう、その足取りを鉛のように重く感じていました。

数ヶ月前のことでしたから、明け方の空気は今の時期よりもっと涼しく気持ちの良いものでした。出来たての風とでもいうようなすっきりとした空気が、東京都新宿区にもおとずれていて、それがますます僕たちを眠らせようとはしないのです。新宿駅東口までたどり着いて、往生際の悪い僕ら3人は、とうとうそこにきて駄々をこね始めました。

その中に元は自衛官で、今は庭師を目指しているという友達がいます。彼はいま、そのための学校に通っています。その彼が、今日は課題をこなさなければ、と言うのでした。

その課題というのが、東京都内にある植物の採集をせよというものでした。それではそれをこれから一緒に手伝おう。僕らは良い口実を発見したのです。近くに公園はあるかな? ああ、確か、西口の方に大きな公園があったはず。すかさず、もう一人の友人がiPhoneのマップで新宿中央公園をつきとめ、それではそこに向かおうということになりました。

ご推察の通り、僕はインドアな人間です。いえ、外にはよく遊びにいくのですが、たいてい建物の中にこもってしまって、日夜コンクリートやら漆喰やらの箱にとざされた生活をしています。しかも東京という都会に住んでいるものですから、季節を感じるのがよけい遅くなってしまうという、若干もったいない暮らしを余儀なくされています。

ですので公園で植物採集というのは、じつに新鮮な体験でした。まっすぐに青い手をのばした木々をまじまじとながめるというのは、なかなか目をみはる眺めであることに気づくのです。葉脈も目を凝らしてみれば、その細かな造形に心地ふかく感じいってしまうものじゃあないかと、興奮したのを覚えています。

そして新宿中央公園は、よくよくみると実に豊かな植物たちを抱えた公園だということにも気づきました。おそらくずいぶん税金を使った公園だったでしょう。その恩恵にあずからねば都民としてもったいなかろうと、僕たちはそこにある種類豊富な植物を堪能することにしました。

公園の木々にはありがたいことに木々の名前を記した札があちこちにありました。それを彼の課題にあるリストと照らし合わせながら、植物を採っていきます。もちろん無駄に取ることはしません。落ちているものでよいのがあれば、それを拾います。ですが、落ちているのはみずみずしくないので、青々と脈づく葉っぱの、なるたけ大きくて模様のわかりやすいのを、一枚だけちぎるのです。高いところにある葉っぱは、三人の中では背の高い僕の出番です。それがあまりに楽しかったので、ついには無理にでも採ろうとした僕を二人がたしなめる始末でした。

結果、彼の課題はみごとに進み、採集は成功しました。しかし、そもそも無駄に夜更かしをして朝を引き伸ばした三人でしたから、そのしっぺ返しもやってきました。ついぞ先ほどまで心地良かったはずの涼しさが、急に鋭敏な冷たさにかわったのでした。たぶん気温がさがったのではなく、半袖で歩き回っていた僕らの肌がしっくり冷え込んでしまったのでした。愛想尽かしとでもいうような、実にすげない寒さです。

3人で慌てて駅の方に引き返し、なにか朝食を取ろうということになりました。

朝食らしい朝食が食べたい。ごはんに、味噌汁。納豆に、海苔に、卵。

こういうときにもまたiPhoneがたよりになります。近くのすき家を探し当て、朝定食を注文しました。こういうときの味噌汁は、じんと身体をあたためます。こういうときには、痛感しますね。いちばん食事を美味しくするのは、心持ちなのだということを。

その後僕は電車の中でぐっすりと眠り込んでしまいました。あまりに長い間電車にゆられていたせいで改札ではじかれ、窓口の駅員さんに「すみません。眠り込んでしまって……」と恥ずかしい申請をしなければなりませんでした。あれは後ろに並ぶ他のお客さんにも申し訳なくなってしまうものですね。

その日は結局、電車の中で眠り込んだおかげで休日の大半をパアにしてしまったのですが、なんだかそれもまた有意義な休日だったかもしれないな、と後から思いました。

最近めっきり天気が荒れてしまって、雨の季節もまもなくです。つい雨には苛立を感じてしまいます。しかし、この植物採集のときの感動を思い出すと、雨に濡れた葉っぱも、じんわりと水をふくんでいい塩梅になるのだろうという気持ちにもなってきます。それを思えば梅雨も少しは良い季節だろうかと、ここ数日の崩れた季節に思うこの頃です。

2010年6月7日月曜日

少子化問題を緩和するひとつの手段が移民だと思います。若者と価値観が増えれば/多様化すれば、経済が動き始めます。

日本経済における特に重要な問題は、少子化問題だと僕は思います。

富裕層の高齢者が増えたことで、高齢者向けのビジネスに目を向ける人が増えています。しかし高齢者向けのビジネスは、基本的に若者向けビジネスに比べて難しいものだと思っています。

基本的にモノを必要とするのは、若者です。

親元を離れて、アパートを借りて一人暮らしを始めた若者を想像してください。彼には欲しいものがたくさんあります。彼がもっているものは、必要最小限度のモノ。親に買ってもらった小さな冷蔵庫、ひとり用の炊飯器や電子レンジ、そういったものを揃えて彼は生活を始めます。生活していくうちに、彼は多くのものが欲しくなってきます。コインランドリーは不便だから、自宅に大きな洗濯機が欲しい。冷蔵庫ももう少し大きなのが必要だ。扇風機じゃしんどいから、立派なエアコンが欲しい。どうせならもう少し大きな部屋に引っ越したい。

比べて、高齢者はどうでしょうか。自らの暮らしはある程度ととのってきて、若かったあのころに比べて必要なのはなんでしょう。老後を前にして安心は欲しいと思うかもしれない。でも、若かったあの頃のような物欲はあるでしょうか? 食も細くなってきますし、若かったあの頃のようにファッションに浪費することも考えにくいですね。もちろん、医療や介護のような高齢者に特徴的な支出はありますが、その需要の多くは満たされているでしょう。(満たされているというのは、満足な医療や介護がおこなわれているという意味ではなく、そこに販売されている医療や介護を高齢者がじゅうぶん購入することができる、という意味です)

欲しがっているのは、若者です。

しかし、その若者自体の数が減っています。人口が少ないだけではなく、若者の多くが非正規雇用に追い込まれ、中高年の正社員に比べて、圧倒的に低賃金な労働をしいられています。それでも、経済成長による所得の上昇が見込めれば、未来の自分の所得に対してレバレッジを掛けて消費をすることがある程度合理的になります。しかし、現状は違います。未来にレバレッジをかけることのリスクに、若者は心底怯えています。いかに無駄な買い物をせず、いかにミニマムな暮らしを営むスキルを身につけるか、そのことに今の若者は心血を注いでいます。それは、想像するからです。三十代、四十代になったとき、自分たちの世代のいったいどれだけが貧困に陥っているかということを。

ビジネスは、顧客の欲求を見極めることが重要です。そして、繰り返し言いますが、欲しがっているのは若者です。けれどその肝心の欲求を抱えた若者の数が、減っています。さらには、金を持たず、金を使いたくとも使えない環境にあります。

若者に金を持たせれば、そして金を使える環境を作れば、若者はほぼ確実に多くを使います。欲しいものなんて沢山あるのですから。しかしこの国は、積極的に若者を増やそうとしません。ビジネスの顧客になり、さらにいえば労働力としても社会を成長させる大きな力になるはずの若者を、もっと増やすべきなのに。

少子化対策に力を入れていると国は言います。しかしその効果があがっているかといえば、あがっていません。それに、遅すぎます。もちろん今から子どもが増えることに越したことはありません。けれど、その子どもが親元を離れて、欲求のままに金を使いたがるようになるまでに、いったいどれだけかかるでしょう。

いまから若者を増やしたいではありませんか。

それを叶える画期的な方法があります。それは、移民です。

在日外国人が帰化するのをもっと容易にしましょう。もっと簡単に日本国籍をとれるようにしましょう。日本人になったり外国人になったり、もっと簡単にできるようにしましょう。彼らの経済活動が、日本の若者市場を大きくします。彼らを安価な労働力と捉えるのではなく、日本でこれから一緒に暮らしていく国民として、日本に呼び寄せていきましょう。

日本が外国人に支配されるなんてまっぴら? なんていうけど、支配ってなんでしょうね。僕は一部の高齢者に支配されている日本の方が、まっぴらごめんです。もっと多様な価値観をとりいれて、血のめぐりをよくしていきましょうよ。アメリカ人も韓国人も中国人も、フランス人もイタリア人も、日本に住みたい人はきっとまだまだいるはずです。在日外国人の住みやすい国家にしていきましょう。参政権もちゃちゃっと与えちゃいましょう。アジアにおける人口のるつぼを、この日本という島国につくればよいのです。

だって子どもが少ないでしょう。子どもが減ってますでしょう。若者を増やしたいじゃありませんか。それが外国人だとして、いったい何の問題があるんでしょう。外国で生まれたから、いったいそれがなんだというんです。日本で暮らせば、日本で経済を回してくれるのです。税金だって、勿論一緒に払ってくれます。

それに、外国の「法人」たちだって、日本にやってきて、日本の経済を大きく動かしてくれているじゃありませんか。

外国人はこっちで稼いで向こうに帰るからずるい、なんて言いますが、僕は彼らが持ってくる置き土産の方が、彼らが持って帰るものよりもずっと大きいと思います。たとえば二十歳の中国人が日本にやってきたとします。彼が日本で働けるようになるまでの二十年間の教育費は中国のご両親が支払われたのだし、彼をそこまで育てあげた国は日本ではなく中国です。彼が働けるようになるまで、日本で二十年間誰かが子どもを育てることと比較すれば、それがどれだけ大きなことかと思うのです。

それにそもそも、彼らが帰ってしまう原因の多くは、いまの日本が外国人にとって住みにくいからにほかならないと思います。もっともっと住みやすい環境を用意していれば、外国人だって日本にもっと住みつくようになります。

もちろん、それと並行して少子化対策は必要でしょう。外国人との結婚制度もより容易にすればよいと思います。結婚よりもよりゆるい市民連帯契約のようなものがあってもよいかもしれません。ちなみにそんな制度ができるときには、ぜひ僕たち同性愛者にも同性同士で使える制度であって欲しいですね。

価値観がもっと多様化する社会を僕は望みたいです。

さいきん僕はいろんなセクシュアリティのひとと仲良くしています。レズビアンやトランスジェンダー、ゲイにノンケも。社会にでるようになってからは、いろんな世代の人や職業の人とたくさん交流するようになりました。それぞれ抱えたバックグラウンドが違い、コミュニケーションが楽しくてしかたがありません。

在日外国人の友だちも何人かいます。しかし友だちの大半はやはり日本人です。

僕があまり英語をしゃべれないので、外国人との接点が少ないというのもあるのかもしれません。でも日本に住む外国人がもっと増えてくれれば、もっともっとたくさんのバックグラウンドを抱えた人と、日本で交流できるようになります。

多様な価値観を抱えた社会を僕は望みます。

確かに、同胞とのコミュニケーションはそれはそれで楽しいものです。僕にはそれがすごくよくわかります。ゲイデビューして、ゲイの友人たちと語り合えることがどんなに楽しいことか分かったからです。中学生のころ、あんなに楽しくなかったシモネタが、こんなに楽しい話題だなんて、あのときは思いもしませんでした。だから、似たバックグラウンドを持った人とのコミュニケーションが気持ちの良いものだということはとてもよくわかります。

けれどその反面、やっぱり違う価値観の人と話すことはとても自分を豊かにするのだということを僕は学びました。ゲイデビューもしていないクローゼットな同性愛者だったころ、僕は「ゲイなんてみんな理解してくれない」と確かに思っていました。けれど、「僕もまたノンケのことを理解していなかったのだ」ということを、最近考えるようになりました。

確かにゲイをオープンにしていなかったころも、ノンケの友人はたくさんいました。だから彼らのことなんて嫌というほど分かっているつもりでした。まあ要は俺と違っておっぱいが好きなんだろ、と。シモネタにつきあわされて、きみらの趣味はたくさん聞いてきた。

けれど、ゲイだということをオープンにして、ノンケと会話してみることで、僕はいままでわかっていなかったノンケの姿をみるようになりました。「お前がゲイだって知らなかったから、改めてこんな話をすることはなかったけれど、俺らだって結構こんなことあんなこと、考えているんだよ」

話がずいぶんそれたようなのでもとに戻しますが、自分の価値観をもっと自由に表明できる世の中であって欲しいと僕は思います。アニメが好きだとか、自動車が好きだとか、そういう趣味の領域まで含めての話です。

外国人差別をやめるべきです。日本というこの土地を、日本人だけのモノにしておくのはモッタイナイと思います。見知らぬ遠くの地でバックグラウンドをつちかってきたひとと、もっと一緒に暮らしていきましょう。

僕は日本にもっと多様な価値観が育てばいいと思います。外国人参政権にも賛成するし、ビザももっと容易に取れるようにしてほしいです。

多様な価値観はスモールビジネスも育てます。ビジネスの余地を増やします。経済成長を促すうえでも、外国人にとって住みやすい国づくりは、とっても良い話だと僕は思います。

2010年6月6日日曜日

女の子たちと、分かちあえなかったこと。

今、彼女たちがなにしてるのか、僕は知りません。特に連絡をあらためてとってみようとまでは思っていません。連絡先は携帯とともに水没しちゃったし。でも会うことがあったらいろいろと話してみたいな、と思います。

高校三年生の春、僕は東京に行くことを決めました。

当時僕が通っていたのは、地方の進学校。その地域ではスパルタと呼ばれる、規律の厳しい学校でした。……いや、規律なんてものはありませんでした。校則にはただ「ふさわしい服装」といったような一文があるだけでした。スカート丈も、髪の長さも、髪の色も定められていません。ただ、ほとんどの生徒が自発的に模範的な服装をしていました。いまおもえば、なんだかとても、変わった学校でした。

週に三日、朝テストがあり、各授業でもさらに小テストが行われる、テストづくしの高校でした。僕たちの多くは、今思えばたぶんそのテストが好きでした。数字で競争するのは、実はみんな案外好きなんじゃないかなと思うのです。

先生はとても指導熱心で、職員室は常に稼働していました。休み時間にはみな次の時間のテストの次週に明け暮れ、人によっては自主勉強会、自主テストを行ったりしていました。

そんなふうに話すと、息が詰まるピリピリとした雰囲気を想像されると思うのですが、決してそんなことはありませんでした。クラスはみなとても仲がよく、特に受験が近づくほどクラスは団結していきました。先生は生徒たちに受験とは団体戦であるという指導をしていました。僕たちはクラスの中で勉強のノウハウをシェアしあっていました。いま思えば、この受験は本当に楽しい思い出です。合宿もしたし、正月も学校で年越しをしました。

ところでその団体戦の受験なのですが、実を言うと僕は若干仲間はずれコースなところがありました。

僕はどうしても東京に行きたかったのです。でも東大は無理だと判じて、早稲田を目指したのです。僕たちのクラスは地方の国立大志望者が大半でした。まあ、仲間はずれとはいっても、別に仲は悪くなかったんですけどね。けれど、なんとなく、国立大志望者と私立大志望者のあいだには、違う空気がありました。

東京の私立大を目指す、というのは少数でした。けれど僕のクラスには、僕の他にふたりの志望者がいました。両方とも女の子です。彼女たちと仲が良くなったのは僕が勉強に本腰を入れるようになった3年になってからでした。それまでは、むしろ僕は彼女たちのことが本当に苦手でした。

ふたりはとても仲が良くて、ほとんどいつも一緒に行動をしていました。そしてふたりでヒソヒソと話をしては、クスクスとよく笑うのです。僕は彼女たちと何度か視線を交わした後にそうやってクスクスと笑われるので、よく話すようになるまでは、てっきり嫌われているのだと思っていました。よく会話をするようになってからは、理解できました。それは彼女たちの単なる習性というか、そういうものなんだということが。

僕たちに共通していたのは、東京へのあこがれでした。もうこんな田舎は出たい。そして東京に行きたい。東京に住みたい。東京の地図をみて、どのあたりに住みたいかという話をしたのを覚えています。その頃の僕には地理がまるでわかりませんでした。「八王子って名前がかっこいい」なんて言って。遠すぎだっつうの。

僕が東京を目指した理由は、すごくすごく浅はかだけど、でも結構マジでした。なりたい職業があったんだけど、そのことを話すとまた長くなるのでその話はおいといて。で、どうにか東京で成りあがったら、ニノに会うんだって本気で思っていました。いや、今だってめちゃくちゃ会いたいんですがね。あ、でも東京に来て、コンサートは見に行きました。

ニノ。二宮くんね。嵐の、二宮和也。

彼女たち二人と、あともうふたり、私大を目指していた女の子がいました。その女の子たちとは、国立大志望者とは別で、仲が良くて一緒によく勉強していました。みんな一生懸命勉強してて、お互いに協力しあって。あの頃本当にスゴク楽しかったと、今になってふと思いだします。受験が終わった後、みんな合格して、受験勉強は実は相当楽しかったよね、と笑いあったのを覚えています。

けれど、あのころ僕は二宮くんへのあこがれを話すことはありませんでした。東京を目指してた二人にも、そしてあと二人にも。今だったら素直に話せるんだけれど。あのときに後悔があるとすれば、たぶんそのことだけです。

女の子になれたらいいのに、みたいなことを思ったことは僕には少なからずありました。それは性同一性障害のような感情とは違いました。ただ、それだったらもっと素直になれるのに、と思っていたのです。

仲は良かったけれど、彼女たちは女子で、僕は男子でした。本当は本当は、同じように男の子が好きだったのに、そこの部分で一緒なんだということは言えませんでした。仲は良かったけれど、僕たちと彼女たちは「違う」ことになっていました。

当時気になっていた男子がいました。Aくん。(頭文字はAじゃないんだけど。本名で書いているだけに特定されると嫌なので)

恋がかなうわけはないと当時思っていたので、好きというよりもあこがれだったと思います。その仲良しの女の子のひとりが、実はそのAくんが好きだとこっそり打ち明けてきたときのこと。

「ああ、超かっこいいよね~♥」

なんて今なら言えるはずの言葉が言えませんでした。ごくりとその言葉を飲み込んで、僕はなんて返したのだったか。思い出せないけれど、あのときの僕の言葉は、こうやってたまに上滑りしていたのでした。

2010年6月5日土曜日

面白いBLOG紹介 (2) きみしよメシぶろぐ

きみしよさんとはまだ一度もあったことがないのですが、ネット上でのコミュニケーションでは1年以上の付き合いです。もうすぐ2年になるでしょうか。

ちなみに当ブログがいちおうゲイブログで、かつゲイ関連のことも結構書いてるので、今回紹介するきみしよさんのこともゲイだと思う人がいるかもしれません。だが、きみしよさんはノンケ男子。この面白いBLOG紹介ではあんまりセクシャリティを問わずに紹介するつもりです(まあ、とはいえ読者層を考えてセクマイ系のも紹介しますが)。ちなみにきみしよさんはめちゃめちゃいいひとです。

そのきみしよさんが書かれているブログが超オススメなのでご紹介します。その名もずばり「きみしよメシぶろぐ」です。


見てわかるように、その名の通りテーマは「メシ」。とにかく美味いものをこれでもかこれでもかと紹介するブログなのですが、いやほんと毎回とにかく美味そうなんです。ていうか絶対美味いに決まっています。自炊も外食も両方扱っています。

美味いものを食べられるならそれは幸せである。きみしよさんはたぶんそう思っていると思います。そして僕もそれに全力で同意します! 僕はきみしよさんほどにはこんなに食にパワフルに立ち向かえてないけれど、でもうまいものを食べるのは大好きです。そして美味しいものを想像したり、美味いものについての文章を読むのも大好き。

きみしよさんの文章はとても個性的。食べ物にたいする情熱が伝わってきます。時にべらんめえ口調で、テンション高く語られる料理に対するフレーズは、読んでいるものにまで「食べたい!!!」と思わせる威力を持っています。

なんといっても自炊ネタのレシピ。書き方がとても優しい。ただ単に工程を羅列しただけのレシピ本とは違います。一緒に料理をつくっている気分になれます。細かいことは抜き! 大事なところだけちゃちゃっと教えてくれるので、なんか真似できそうな気がします。それでいて気を付けるところはちゃんと注釈してくれるので、とってもありがたいのです!

そして写真のとり方もとても綺麗。というかさ、うますぎですよ! 食材がぜーんぶきらっきらしている。こんなの夜中に見てしまったら、腹が減って仕方がないです。たまりません。料理って、食事って、なんてすばらしい営みなんでしょう!!

あーおなかすいた!!

2010年6月4日金曜日

LGBTフレンドリーなWebサービス紹介 (1) Meez

3DのWebサービスの代表的なものといえばセカンドライフですね。僕の周囲にもいちおう何人かはセカンドライフユーザがいたりするのですが、正直個人的には人気のウェブサービスとは言い難いような印象です。

しかし、映画「AVATAR」や「アリス・イン・ンダーランド」をはじめ、任天堂も「Nintendo 3DS」の発売を予定しています。

依然として3D技術への関心は高く、これからの発展が期待される分野なんじゃないかなあと感じています。

日本での不人気とうってかわって、海外では3DによるWEBサービスがそれなりに好調であったりもするようです。今日紹介する "Meez" は動く自分のアバターを外部のブログやSNSにとりつけることが出来るサービスです。

Meez - http://www.meez.com/



日本でもサイバーエージェントのAmebaがアメーバピグなどのアバターサービスを提供していて人気を博していますが、このMeezも基本的にはそれと同系統のサービスです。もっとも、Amebaの場合は自社のブログとの連携が主になりますが。

このMeezでは、同性愛者への理解と権利拡大をアピールする「Gay Pride」のための仮想アイテムの販売を開始しました。

トロントで行われるゲイ・プライドは、同性愛の自由と権利への理解を深めようというスローガンを掲げて行われるものです。大企業がスポンサーにつくことも多く、LGBTイベントのなかでも特に規模の大きいもののひとつだそうです。

Meezが販売するアイテムは全部で22点、そのなかには無料のものもあるようです。

これからはこういったアイテムを自分のアバターに身につけさせることで、自分の信条を表現する文化が現れてくるのかもしれません。

たとえば、twitterでよくみかけるバックグラウンドに、HIV/AIDSへの関心を高め、その対策を応援するための "Join RED" プロジェクトのものがあります。

Join (RED) - http://www.joinred.com/
Join (RED) on Twitter - http://twitter.com/joinred

これからの権利運動や社会運動などにはインターネットとの連携が不可欠かもしれない、と思わせる事例だと思います。

このほかにも、これからブログでゲイフレンドリー、LGBTフレンドリーなWebサービスをいろいろと紹介していきたいなと思っています。

菅直人総理誕生。HIV/AIDSと関わりの深いゲイにとっての菅氏の存在。

民主代表選:新代表に菅直人氏を選出
鳩山由紀夫首相の退陣に伴う民主党代表選が4日告示され、菅直人副総理兼財務相(63)と樽床伸二衆院環境委員長(50)の2人が立候補を届け出た。衆参の国会議員423人(衆院307人、参院116人)による投票の結果、菅氏が知名度の高さや参院選に向けた即戦力として幅広い支持を集め、新代表に選出された。午後には衆参両院で首相指名選挙が行われ、菅氏が第94代首相に指名される見通し。菅氏は、仙谷由人国家戦略担当相の官房長官への起用を検討しているほか、枝野幸男行政刷新担当相を重要ポストで処遇する方針だ。
というわけで、菅直人総理が就任しました。僕はお昼ごはんを食べながら、Ustreamで代表戦を見ておりました。今まであんまりちゃんと見たことがなかったので、ちょっと新鮮でしたね。なにはともあれ、菅直人総理誕生、おめでとうございます。

僕は正直なところ、管さんについてはしらないことが多かったので、管さんについて、個人的にざっとですが調べてみました(主にWikipediaで)。すると、ゲイーMSM(男性と性的関係を持つ男性)にとって、実はとても感謝するべき人物なのではないか、という印象をいだきました。それはなぜなのか、引用によって紹介します。
薬害エイズ事件の処理に当たり、当時官僚がないと主張していた行政の明白な過ちを証明する“郡司ファイル”(当時の厚生省生物製剤課長・郡司篤晃がまとめていたのでこの別名がある)を菅直人指揮の下にプロジェクトを組んで発見させ、官僚の抵抗を押し切って提出。血液製剤によるエイズに感染した多くの被害者たちに対して、初めて行政の責任を認めた。薬害エイズ事件の被害者たちに菅が土下座をして謝罪した事で被害者の感動を呼び、この厚生大臣在職中に得た功績が、菅が現実に官僚と戦った稀有な政治家としての大きな人気・政治的資産獲得の基盤となり、後の民主党結党に繋がる事になる。さらにこの事件の菅の処理は、彼が対談を行っていた知識人カレル・ヴァン・ウォルフレンらから官僚の説明責任という概念を日本に初めて導入・「アカウンタビリティ」という言葉を定着させたと高く評価される。Wikipediaより)
これを読んで僕はずいぶん感動しました。カッコイイじゃないですか。

ゲイにとって、HIV/AIDSの問題は、最も重要な問題のうちのひとつです。この薬害エイズ問題で行政側が責任を認めたことによって、HIV/AIDSに対する行政のとりくみかたは大きく変わりました。
  • 差額ベッド代の解消(1996年)
  • 二次三次感染者の医療費無料化(1996年)
  • HIV治療薬の早期導入(1996年)
  • HIV感染者の身体障害者認定(1998年)
  • エイズ治療・研究開発センター(ACC)および全国8地域のブロック中核拠点病院の設置(1997年)
  • 参考URL:http://homepage.mac.com/h_wako/Sit……
HIV/AIDS問題について、行政のとりくみはまだまだ十分であるとは言えません。菅総理の取りくみは十分ではなかったとおっしゃるかたもいるかもしれません。

しかし、それでも管総理がやってくださったことが、僕たちゲイにとっての、いまのHIV/AIDSのありかたに大きな影響を及ぼしているであろうことは想像に難くありません。HIV/AIDSに苦しんでいた人たちの声をちゃんと聞き、当時の官僚と戦ってくださったことは、想像するに、大きな大きな一歩だったんじゃないでしょうか。

僕はいま毎週、MSM(男性と性的関係を持つ男性)のHIV/AIDS問題に取りくむ団体でボランティアをしています。その様子は先日NHKの「ハートをつなごう」でも紹介されたので、ご覧になった方もいるかも知れません。その活動資金は、厚生労働省から援助がでています。

この活動も、もしかしたら、管さんの薬害エイズ事件への取りくみがなければ、行えなかったかもしれません。

僕もこれから読むつもりですが、管さんについては、ご自身で書かれた著書があるようです。とりあえず読んでみようかなと思います。

あらためて、就任おめでとうございます。

国民のために、頑張っていただきたいです。

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僕たちの心の動きをとらえる、フランスのマクドナルドのCM。





マクドナルド。少年が、クラスの集合写真を見ている。
父親が、カウンターで商品の注文をしている。
テーブルでそれを待つ少年に、恋人からの電話がかかってくる。

少年「もしもし」
電話の相手は少年の、彼氏だ。
少年「僕も今、きみのこと考えてたよ」
少年「いまちょうど僕らのクラス写真を見てるところ」
少年「僕もあいたいよ」
そこまで話したところで、父親がテーブルにもどってこようとしていた。
少年「お父さんが戻ってくるから、切るね」

父親がテーブルに戻ってくる。
父親「(写真を見て)クラスの写真か?」
父親「俺の若かった頃とそっくりだな、お前は。言っとくが俺はけっこう女の子にモテてたんだぞ」
父親「しかし、男ばかりのクラスで残念だったな。だってお前ならどんな女の子だってゲットできるだろうに」
少年の表情が、すべてを物語る。

マクドナルドのロゴが映る。 
「come as you are.(いらっしゃいませ、ありのままのあなたで)」



さて、いかがでしょう。僕はこれは素晴らしい出来だと感じました。同性愛者が、日常生活の中で巻き込まれる、苦々しいシーンを良くとらえていると思います。

最近よく、マックでお昼ごはんを食べるのですが、こんなゲイフレンドリーなCMをつくってくれるなら、もうちょっとお金おとしてもいいかなーなんて気がしてきちゃいます。

海外では、LGBTの心理に対して狙いを定めたLGBTマーケティングが、ビジネスの手法として当たり前になってきています。日本でも先日紹介したようにSoftBankがそれを行っていたり、外国企業ではありますがappleなどが同様のアプローチをしています。

日本でも同じように、とは行かないと思いますが、日本にもLGBTマーケットは確実にあると思います。日本のビジネスではまだ注目の薄いマーケットですが、これから確実に動いていくマーケットだと思います。

日本でもマクドナルド、こんなCM流してくれませんかねー。

2010年6月2日水曜日

鳩山由紀夫首相辞任。歴史的な政権交代からわずか260日。民主党への評価と、僕が考える政治の話。

歴史的な政権交代からわずか260日。鳩山由紀夫首相の辞任が発表されました。いったい、日本の政治の現場では何がおこなわれているのでしょうか。メディアを通して、本当の姿は国民に伝わっているのでしょうか。今のところ(2010年6月2日18時現在)、twitterの@hatoyamayukioは沈黙を守ったままです。

2009年8月30日。1955年の結党以来、それまで第一党を守り続けてきた自由民主党の長きにわたる政権が終わりました。そこで樹立したのが、現在の民主党政権であります。日本の歴史を大きく塗り替える、と多くの国民が色めき立ったことは今も記憶に新しいまま。民主党の政治手腕に対しては賛否両論ながら、日本の政治に大きな転換点が打たれたこと、そのことを喜ばしく感じていた人は多かったはずであろうと思います。

僕は個人的には、鳩山首相はよくやってくださった、と思っています。

多くの敵を作りながら、それでも頑張っていらっしゃった。宇宙人だポッポだと馬鹿にするひとは多くいましたが、それは政治家に対して非常に短慮な見方だと思います。そういう見方がまったくダメだとは思わないし、政治家にもそれに耐えるだけの筋力が必要なのですが、普天間基地の問題を通して、首相はその筋力をも失ってしまわれたのだと思います。辞任の演説の文章には、悲痛な叫びを感じました。短い期間ではありましたが、ご苦労様でした、というのが僕の素直な印象です。

さて、そのように言うと、僕を民主党の支持者だと思われる方もいらっしゃると思いますが、僕は基本的には民主党の支持者というわけではありません。ただ確かに、民主党には応援したいと思える政治家さんが何人かおります。

僕は小さく効率的に時代に従った運営をおこない、公平な市場の形成を維持し、人々の安らぎや健康を重視した福祉を行う政府が望ましいと考えています。

また、いま多くはびこっている不正な既得権益を不当に保護する規制についても徹底的な見直しをお願いしたいです。僕らのような「持たざる若者」にとっては、このような規制がもっとも大きな壁です。これは政治主導でなければできないことなので、ぜひ力強く改革を行う政府を望みたいと思っています。

民主党は福祉については積極的に取り組む姿勢を見せていました。僕はこれを評価すべきことだと考えます。確かに、残念ながら運用方法は適切とは言えず、不十分だと思われます。しかし、子ども手当という仕組みをスタートさせたことは僕は素晴らしいと感じています。民主党の掲げる「チルドレン・ファースト」という言葉はもっと大きく掲揚すべきです。

ただ、民主党は残念ながら、非効率的で大きすぎるのです。偉そうな言いかたではありますが、僕にはそのように思えます。また、労組などの支持母体の影響を強く受けてしまうことは公平さをかいていると感じます。ただ、自民党に比べれば、はるかに望ましい政治を行ってくれたと僕は思います。

その意味で現時点でより望ましい運営をおこなっていると僕が考えるのは、まず、みんなの党です。みんなの党は特定の組織や支持母体を持っていません。ネットによる個人献金などから、ひとりひとり「みんな」の意志に根ざした政治を目指しているようです。これは評価に値することだと思います。

みんなの党のその姿勢は、理想主義的だと批判されますが、そもそも今の政治には無駄金がかかりすぎていると僕は感じます。新しいルールをつくるときには、もちろん金がかかるので、そこに使われることは構いません。しかし、今の金の使われかたは一体どうでしょうか。公務員の過当な保護などは即刻見直されるべきです。そのようにして財源の捻出をはかるべきだと思います。

ただ、一方で、新自由主義的なみんなの党には、市場を信用しすぎるがゆえに、市場では保護されない弱者への視点や、市場が行う不正に対する監視の目が欠けていることも心配です。僕が真っ先に思いつく具体的な例で言えば、まさにセクシャルマイノリティや、HIV/AIDSなどについての問題です。食肉偽装や労働災害問題、自殺率の増加なども、これに含まれます。

そこを補うことができるのが、民主党や社民党の一部の、心ある政治家さんたちである、というのが僕の考えです。みんなの党とは、方向性が大きく違う政党ではあるので、連立政権などはさすがに難しいかと思われるのですが、政治家レベルでは手を組むことも可能だと僕は考えます。

同性愛者をはじめとするマイノリティの観点から語れば、みんなの党の政策である道州制の導入などは魅力的です。マイノリティに公平な法律やルールをつくるには、まず自治体レベルまで大きく権限を委譲することが近道だと思います。ここで問題となるのは地域格差についての問題ですが、それについては反論も多くあると思いますし、議論すべき点だと思います。

僕は以前から、ひとつの政党のみを支持する必要はないと考えています。国会はひとつの政党だけで構成されるわけではないのですから。この政党のこの点はよく、この政党のこの点はよくない、というように、政党の多面性を認識したほうが、よりよい政治を考えられるのではないかと思うのです。

インターネットの利用によって、これから僕は真の間接民主制が興るのではないかと期待しています。必要なのは、インターネットをもっと活用することです。

多くの分野の専門家がブログやtwitterを通して政治に対する意見を発信し、情報感度と政策に対する理解度の高い政治家がその意見を収集し、選択し、政治家がその選択をブログやtwitterを通してシェアし、それに対して国民が投票をおこなう。これが僕が期待している間接民主制です。これからの政治家に求められるのは、優秀な政策をつくる力ではなく、優秀な政策をさがし、えらぶ力ではないでしょうか。

そのためにも、より若く、情報感度の高い政治家が増えることを願っています。

民主党の話に戻りますが、正直なところ、民主党が行ったことで、もっとも大きかったのは、多くの老齢の政治家たちを政治の現場から追い出したことではないかと思っています。これについては下記のエントリを見てみると、面白いです。

小沢一郎氏の“本当の功績”
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090901

追記:twitterの@hatoyamayukioでも辞意が伝えられました。


これは歴史に残る辞意表明ですね……。

2010年6月1日火曜日

気になる異性との相性、占ってもらっても、ねえ。

すごく子どもっぽいことだよなあ、ということは分かっているんですが、小さい遊びをこっそりやってしまうんです。小さい遊び。たとえば、横断歩道の白いところだけ渡る、とか。信号機の青に変わるタイミング予測、とか。

ちいさいころからやめられないで、ついついやってしまうのがひとつあります。それは、車やバスにのったときの、想像マリオゲーム。って、その名前は、いま名付けたんですけれど。

どんなゲームかと言うと。

車やバスの窓を、スーパーマリオの横スクロール画面に見立てるんです。で、屋根のうえや、道路をマリオが歩いてるって想像します。マリオじゃなくてもいいんですけどね。それで、電柱とか、車とかの障害物を飛び越えたりしながら、ゴールを目指します。歩いてるおっさんもクリボーみたいにふんづけます。赤いものがあったら1UPとかするのです。ポストとか。誰も見ていないときだったら、窓に指をはわせます。指をマリオにみたてるんです。

子どもの頃、一度それをしていたら、車がとまったときに、窓の外のひとと目があったことがありました。若い女の人でした。何をしていたか、気づかれたような気がしました。気づかれたのかどうなのかわかりませんでしたが、その女性がこっちを向いてぴょんと飛び跳ねて、マリオに頭突きをくらわせました。指をぴょんとはじかせて、僕はマリオをゲームオーバーさせました。たぶん、それは最初で最後のゲームオーバーだったと思います。

そう、基本的にゲームオーバーはしないんですよね。ぶつかっても、どこかにおちても、「今のはなかったことにしよう」にしてしまいます。そのへんはわりといろいろずるい。

横断歩道の白いところだけ渡るゲームでもそうです。黒いところはマグマ! って決めていても、いざ落ちたら、実はそこはマグマじゃなかった、みたいなことにするんですよねえ。

こじつけみたいな考えかたではあるんですが、そういうのって、なんとなく随分前から、僕にとっては運試し系の占いの代わりになっていたような気がします。めざましテレビのカウントダウン占いの代わり。クリアできたら今日は一日運がいい、みたいな感じで。

めざましテレビの朝の占いって、たぶん出勤前とか登校前に参考にしてたひとって多いと思うんですが(あれって今でもやってるんですか?)、あれってたまに同性愛者は仲間はずれにされちゃうんです。恋愛運で「気になる異性が~」とかって言われたりして。「あー。俺関係ないじゃん」みたいな。

まあ、そんなところで「異性もしくは同性」みたいな言い回しで変な気の使われ方しても、それはそれでなんかイヤですけど……。

めざましテレビの占いと僕の運だめしが違うのは、僕の運試しの結果が思い通り過ぎること。「〇〇だったら今日は運がいい!」みたいに決めておいて、そのルールを平気でやぶってしまってます。今のなし! って感じで。

ただそれで「今日は運が良い」ということになったからといって、気になる同性との相性が良かったことなんて全然ないんですけどね……。

ちなみにゲイ雑誌なんかには、ゲイ向けの星占いなんかも載っています。

Badiに掲載している占いは、僕もよく知る方が連載しているものなんですが、そのかたはガチで占星術をやっているので、笑って済ませられないような本気モードのアドバイスと運勢診断が載っています。悪いこととか結構詳しく書かれているうえに、順位が上でも油断するなみたいな警告が載っていることも多いです。「占いだし」とは言えずに凹むときがあったりもします……。

今月号、そういえばまだ読んでないなあ。

面白いBLOG紹介 (1) 女同士でトレ・ビアンLife

このブログでリンクしているもの以外でも、毎日いろんなブログを読んでいます。そのくせ未だにGoogle Readerのうまい使い方を把握出来てなくて、最近そろそろちゃんとうまい使い方を覚えた方がいいよなあと思っているところです。

今日紹介したいブログはアメブロのとあるブログなんですが、アメブロといえばLGBTカテゴリがあります。ゲイやレズビアンにも多用されているブログサービスですね。

このアメブロ、実はGoogleReaderだとちゃんと読むことが出来ません。なので僕はあまり実はアメブロをあまり多くは読んでいないのですが(でも最近はアメーバブログを自分のブログからリンクさせることでGoogleReaderを使わずに読むようにしています)、その中でもどうしてもチェックしたいブログがいくつかあります。

そのお気に入りのアメブロでも、特にオススメしたい、そんなブログがミシェル&グリ子さんの「女同士でトレ・ビアンLife」です。


かわいらしいイラストをまじえて、女ふたり暮らしを送るミシェルさんとグリ子さんの生活を描いていくこのブログ。描き手はミシェルさんで、グリ子さんとのふたりぐらしの日常生活や、レズビアンならではのさまざまな風景や会話をえがかれています。

日々いろんな幸せをかみしめながら等身大の姿でふたり暮らしを楽しんでいるふたりの姿は、きっとレズビアンの若い女性たちにとっては、まさにロールモデルといえる存在だと思います。時にはらはらするようなシーンもあり、いろんなトラブルにぶちあたることもあります。けれど、ふたりで生きていくということが、どんなにか魅力的で心のふるえることだろうか! とうらやましく思える読者は僕だけではないはずです。まさにタイトルどおりトレビアン。

僕のようなゲイと、ミシェルさんたちのようなレズビアン。ゲイレズビアン、とひとくくりにされて語られることが多いです。僕にはレズビアンの親しい友達もいますが、けれど、僕の周囲のゲイ友達で、レズビアンの友達がいるっていうひと、そんなに多くはないんです。だから「確かに近しい存在なんだけど、なんとなくわかってないかも」という印象をもっているひと、ゲイにも多いのではないかな、なんて僕は考えていたりします。

確かに僕たちゲイとレズビアン、似ていることも多くあります。けれど、やっぱりレズビアンの友達と話していたりしても、逆に真反対の存在だなと感じることもあるんです。

でも、だからこそ、このブログはゲイにもすすめたい! と思うブログです。まあ、というか、誰が読んでもきっと面白いと思います。ノンケ男子にも、ノンケ女子にもおすすめです。

下半身のことももちろん、家族関係やカミングアウトの問題、仕事や日常の会話。読んでいるとやっぱりゲイとは違うなあと思うのですが、でも同じ、同性愛。たまに、そうそう、そうなんだよね、と思うこともしばしば。共感と興味とを交えながら、いつも更新を楽しみにしているブログです。

ところで、ゲイレズビアンの二人暮らしブログって、料理を乗せていることが多いんですよね。しかもみーんな、おいしそう。このブログも例にもれず、おいしそうな「ふたりごはん」をたくさん載せてます。きっと、ふたりでたべる食事のおいしさは格別なんだろうな、と思いながらいつも読んでいます。

ちなみにお勧めは「グリ子さん観察日記」。ミシェルさん視点で描かれているので、まあ、基本的にはノロケなんですが(笑)、でもそれがまた読んでると楽しいんですよね。

最近おふたかたはふたりでtwitterもはじめられたようです。twitterのつぶやきも見ていてとっても楽しいので、気になる方はhttp://twitter.com/tresbianをフォロー!!