2010年6月7日月曜日

少子化問題を緩和するひとつの手段が移民だと思います。若者と価値観が増えれば/多様化すれば、経済が動き始めます。

日本経済における特に重要な問題は、少子化問題だと僕は思います。

富裕層の高齢者が増えたことで、高齢者向けのビジネスに目を向ける人が増えています。しかし高齢者向けのビジネスは、基本的に若者向けビジネスに比べて難しいものだと思っています。

基本的にモノを必要とするのは、若者です。

親元を離れて、アパートを借りて一人暮らしを始めた若者を想像してください。彼には欲しいものがたくさんあります。彼がもっているものは、必要最小限度のモノ。親に買ってもらった小さな冷蔵庫、ひとり用の炊飯器や電子レンジ、そういったものを揃えて彼は生活を始めます。生活していくうちに、彼は多くのものが欲しくなってきます。コインランドリーは不便だから、自宅に大きな洗濯機が欲しい。冷蔵庫ももう少し大きなのが必要だ。扇風機じゃしんどいから、立派なエアコンが欲しい。どうせならもう少し大きな部屋に引っ越したい。

比べて、高齢者はどうでしょうか。自らの暮らしはある程度ととのってきて、若かったあのころに比べて必要なのはなんでしょう。老後を前にして安心は欲しいと思うかもしれない。でも、若かったあの頃のような物欲はあるでしょうか? 食も細くなってきますし、若かったあの頃のようにファッションに浪費することも考えにくいですね。もちろん、医療や介護のような高齢者に特徴的な支出はありますが、その需要の多くは満たされているでしょう。(満たされているというのは、満足な医療や介護がおこなわれているという意味ではなく、そこに販売されている医療や介護を高齢者がじゅうぶん購入することができる、という意味です)

欲しがっているのは、若者です。

しかし、その若者自体の数が減っています。人口が少ないだけではなく、若者の多くが非正規雇用に追い込まれ、中高年の正社員に比べて、圧倒的に低賃金な労働をしいられています。それでも、経済成長による所得の上昇が見込めれば、未来の自分の所得に対してレバレッジを掛けて消費をすることがある程度合理的になります。しかし、現状は違います。未来にレバレッジをかけることのリスクに、若者は心底怯えています。いかに無駄な買い物をせず、いかにミニマムな暮らしを営むスキルを身につけるか、そのことに今の若者は心血を注いでいます。それは、想像するからです。三十代、四十代になったとき、自分たちの世代のいったいどれだけが貧困に陥っているかということを。

ビジネスは、顧客の欲求を見極めることが重要です。そして、繰り返し言いますが、欲しがっているのは若者です。けれどその肝心の欲求を抱えた若者の数が、減っています。さらには、金を持たず、金を使いたくとも使えない環境にあります。

若者に金を持たせれば、そして金を使える環境を作れば、若者はほぼ確実に多くを使います。欲しいものなんて沢山あるのですから。しかしこの国は、積極的に若者を増やそうとしません。ビジネスの顧客になり、さらにいえば労働力としても社会を成長させる大きな力になるはずの若者を、もっと増やすべきなのに。

少子化対策に力を入れていると国は言います。しかしその効果があがっているかといえば、あがっていません。それに、遅すぎます。もちろん今から子どもが増えることに越したことはありません。けれど、その子どもが親元を離れて、欲求のままに金を使いたがるようになるまでに、いったいどれだけかかるでしょう。

いまから若者を増やしたいではありませんか。

それを叶える画期的な方法があります。それは、移民です。

在日外国人が帰化するのをもっと容易にしましょう。もっと簡単に日本国籍をとれるようにしましょう。日本人になったり外国人になったり、もっと簡単にできるようにしましょう。彼らの経済活動が、日本の若者市場を大きくします。彼らを安価な労働力と捉えるのではなく、日本でこれから一緒に暮らしていく国民として、日本に呼び寄せていきましょう。

日本が外国人に支配されるなんてまっぴら? なんていうけど、支配ってなんでしょうね。僕は一部の高齢者に支配されている日本の方が、まっぴらごめんです。もっと多様な価値観をとりいれて、血のめぐりをよくしていきましょうよ。アメリカ人も韓国人も中国人も、フランス人もイタリア人も、日本に住みたい人はきっとまだまだいるはずです。在日外国人の住みやすい国家にしていきましょう。参政権もちゃちゃっと与えちゃいましょう。アジアにおける人口のるつぼを、この日本という島国につくればよいのです。

だって子どもが少ないでしょう。子どもが減ってますでしょう。若者を増やしたいじゃありませんか。それが外国人だとして、いったい何の問題があるんでしょう。外国で生まれたから、いったいそれがなんだというんです。日本で暮らせば、日本で経済を回してくれるのです。税金だって、勿論一緒に払ってくれます。

それに、外国の「法人」たちだって、日本にやってきて、日本の経済を大きく動かしてくれているじゃありませんか。

外国人はこっちで稼いで向こうに帰るからずるい、なんて言いますが、僕は彼らが持ってくる置き土産の方が、彼らが持って帰るものよりもずっと大きいと思います。たとえば二十歳の中国人が日本にやってきたとします。彼が日本で働けるようになるまでの二十年間の教育費は中国のご両親が支払われたのだし、彼をそこまで育てあげた国は日本ではなく中国です。彼が働けるようになるまで、日本で二十年間誰かが子どもを育てることと比較すれば、それがどれだけ大きなことかと思うのです。

それにそもそも、彼らが帰ってしまう原因の多くは、いまの日本が外国人にとって住みにくいからにほかならないと思います。もっともっと住みやすい環境を用意していれば、外国人だって日本にもっと住みつくようになります。

もちろん、それと並行して少子化対策は必要でしょう。外国人との結婚制度もより容易にすればよいと思います。結婚よりもよりゆるい市民連帯契約のようなものがあってもよいかもしれません。ちなみにそんな制度ができるときには、ぜひ僕たち同性愛者にも同性同士で使える制度であって欲しいですね。

価値観がもっと多様化する社会を僕は望みたいです。

さいきん僕はいろんなセクシュアリティのひとと仲良くしています。レズビアンやトランスジェンダー、ゲイにノンケも。社会にでるようになってからは、いろんな世代の人や職業の人とたくさん交流するようになりました。それぞれ抱えたバックグラウンドが違い、コミュニケーションが楽しくてしかたがありません。

在日外国人の友だちも何人かいます。しかし友だちの大半はやはり日本人です。

僕があまり英語をしゃべれないので、外国人との接点が少ないというのもあるのかもしれません。でも日本に住む外国人がもっと増えてくれれば、もっともっとたくさんのバックグラウンドを抱えた人と、日本で交流できるようになります。

多様な価値観を抱えた社会を僕は望みます。

確かに、同胞とのコミュニケーションはそれはそれで楽しいものです。僕にはそれがすごくよくわかります。ゲイデビューして、ゲイの友人たちと語り合えることがどんなに楽しいことか分かったからです。中学生のころ、あんなに楽しくなかったシモネタが、こんなに楽しい話題だなんて、あのときは思いもしませんでした。だから、似たバックグラウンドを持った人とのコミュニケーションが気持ちの良いものだということはとてもよくわかります。

けれどその反面、やっぱり違う価値観の人と話すことはとても自分を豊かにするのだということを僕は学びました。ゲイデビューもしていないクローゼットな同性愛者だったころ、僕は「ゲイなんてみんな理解してくれない」と確かに思っていました。けれど、「僕もまたノンケのことを理解していなかったのだ」ということを、最近考えるようになりました。

確かにゲイをオープンにしていなかったころも、ノンケの友人はたくさんいました。だから彼らのことなんて嫌というほど分かっているつもりでした。まあ要は俺と違っておっぱいが好きなんだろ、と。シモネタにつきあわされて、きみらの趣味はたくさん聞いてきた。

けれど、ゲイだということをオープンにして、ノンケと会話してみることで、僕はいままでわかっていなかったノンケの姿をみるようになりました。「お前がゲイだって知らなかったから、改めてこんな話をすることはなかったけれど、俺らだって結構こんなことあんなこと、考えているんだよ」

話がずいぶんそれたようなのでもとに戻しますが、自分の価値観をもっと自由に表明できる世の中であって欲しいと僕は思います。アニメが好きだとか、自動車が好きだとか、そういう趣味の領域まで含めての話です。

外国人差別をやめるべきです。日本というこの土地を、日本人だけのモノにしておくのはモッタイナイと思います。見知らぬ遠くの地でバックグラウンドをつちかってきたひとと、もっと一緒に暮らしていきましょう。

僕は日本にもっと多様な価値観が育てばいいと思います。外国人参政権にも賛成するし、ビザももっと容易に取れるようにしてほしいです。

多様な価値観はスモールビジネスも育てます。ビジネスの余地を増やします。経済成長を促すうえでも、外国人にとって住みやすい国づくりは、とっても良い話だと僕は思います。