2010年6月9日水曜日

「カミングアウトがしたいんです」――夜中三時の相談メール。

このブログをはじめて1ヶ月が過ぎました。ほとんど毎日の更新で、おかげさまで多くアクセスをいただくようになりました。

このブログが参加している同性愛向けのブログランキングで、3位を獲得することが出来ました。ありがたいことです。いろんな人から文章を読まれるのは、恐れ多くもありますが、それでもすごく楽しいことですね。ちなみに、どの記事を読んでクリックされたかもちゃんと分かるようになっています。気に入った記事があったら是非クリックしてくださいね。


さて、最近立て続けにブログの読者さんから、何通かメッセージをいただくことがありました。そのうち、そのかたの了承を得た上で、ご紹介したいものがあります。

メッセージをくれたのは、僕よりも2歳年下で地方都市に住んでいる大学生のゲイ・S君です。

僕のブログを読んで、同年代のゲイがこうやってブログで自己表現をしているということに驚いたというS君は、いま、友人たちへのカミングアウトについて悩んでいる、と僕に相談してきたのでした。
僕は今、大学生ですが、高校の時の友達、あるいは大学の部活の友達と遊ぶ機会が結構多くあります。彼らに自分がゲイであることを伝えたいと思っていて、そしてこれから出会う人々にも、自分がゲイであることをオープンにしていけたらいいな、と考えています。
彼のメールからは、カミングアウトについて真剣に悩みぬいてきた、その葛藤がつづられていました。何年もの付き合いのなかで、ずっと嘘をついていたことへの負い目をどうしたら精算できるのか、友人にこのことを話すとしたらどのようにしたらよいのか、切実な文章が、うったえかけるようにつづられていました。僕の普段のブログよりも長いメールでした。

メールが送られてきたのは、夜中の3時半。みんなが寝静まった夜更け、自分のこころと闘いながら、助けを求めるような気持ちで僕にメールを送ってきてくれたのだと、一方的な想像ではありますが、僕はそんなふうに捉えました。

このメールに応えることができなければ、僕はなんのためにブログをはじめたのだ、そう思いました。

僕がブログをはじめたひとつの理由には、「言葉をちゃんとつづる20代のゲイ」でありたかったからでした。今やゲイブログというのは珍しくもなんともありません。多くのゲイがいろんなところで情報を発信しています。けれど、いちばん多感で繊細で、心細さを感じるであろう10代・20代にとって、「同じ世代」でちゃんと言葉をつづっているゲイの存在はもうちょっと必要とされているんじゃないか、と思ったのです。

そんなひとがどれだけいるのかはわかりませんでしたが、このメールは、少なくとも僕のブログを必要としてくれた人が、ちゃんとひとりいたんだ、ということを感じさせてくれました。

僕は、返事を書きました。
(前略)
このようなメールをもらえることが、僕はとても嬉しいです。
それは僕の書いた文章がこうしてSくんの心まで届いたということだと思うからです。
お互いに年も近いですし、ぜひ、気軽に仲良くしてください。
アドバイスをということですが、僕の答えは期待に沿わない答えかもしれません。
僕はSくんが出した答えこそが正解だと思うから。
僕はSくんが、ちゃんと自分にとっていちばんいい方法でカミングアウトできると思います。
(中略)
友人に対して今までごまかしていたことや、それに対して負い目を感じていたこと、このメールに書いてくれたような言葉でいいと思います。
そういったことをちゃんと、自分の言葉で書き出してみて、それをそのまま伝えれば、きっとSくんなら、うまくやれるだろうと思います。
メールの文面でしかSくんのことが分かりませんが、僕はそのように感じました。
きっと今までSくんは、じゅうぶん悩んできたはずです。
今までじゅうぶんに恐れ、じゅうぶんにおじけづき、じゅうぶんにふるえ、今までじゅうぶんに眠れない夜を過ごしたはずです。
(以下略)
カミングアウトをしたい、という彼の意志を尊重して、その背中をポンと押してあげられるような返事が出来れば、と考えました。

彼からはすぐに、感謝のメールと、カミングアウトを決心するメールが届きました。週末に試みてみます、ということでした。

きっと大丈夫だから、という言葉、とても心強く思います。
今日も一日考えていて、やっぱり先に延ばそうかとか、そんなことをしても結局・・・とか、いろいろ思ったのですが、あんまりぐだぐだ考えても仕方ないということで、決心しました。
そして先日、彼から報告のメールが届きました。

カミングアウトに対して返事をくれた人はみんな、好意的なコメントで迎えてくれて、「よく言ってくれた。嬉しい」というような友人たちから返事がかえってきたようでした。たぶんみんな受け入れてくれたのだと思っている、とのことでした。

Sくんは実感を素直に綴ってくれました。

メールの文面から察するに、彼のカミングアウトは、彼の思い通りというわけではなかったようでした。

とある友だちと4時間ほど語りあったそうです。その友だちは、Sくんがオープンリー・ゲイであろうとしていることに、反対でいるようです。「高校時代の友達なんてのはかなり特殊で、別の社会でもそのノリでふるまうのは、すごく危険だから」と忠告をされたのだそうです。

それに対して、Sくんはこう書いています。

もちろん僕だって「こんにちは」の代わりに「僕ゲイです」って言うわけにいかないのはよく分かってます。でも、そういうことを言うきっかけは、いつでもすごく近くにあって、そういう時にいちいちごまかして苦笑いするのは嫌だというだけのことなんです。

カミングアウトをしてそれで終わりというわけではないし、いろいろ試行錯誤をして、失敗もして、それで自分なりのやりかたみたいなものを見つけていくしかないんだ、Sくんはカミングアウトを通して、そのように感じたのだそうです。

僕のアドバイスが、果たしてSくんのためになったのか、それはSくんにしかわかりません。

僕はオープンリー・ゲイとして生きていて、今のところそれは僕にとって何のマイナスももたらしていません。今僕はすごくいい人生を送れていると思います。けれどそれは、ゲイの誰もがオープンリー・ゲイとして生きるべきだということではなく、オープンにしたがゆえにつらいめにあうことだってあるかもしれません。僕には「そんなリスクないよ」とは言えません。

だから、誰にでもカミングアウトをすすめられるわけじゃないです。

けれど、Sくんにはそのリスクをとりたいという思いがあって、僕はそれを後押しできたのかな、と思っています。Sくんは、メールの最後をこうやって締めました。
こうやって後押しをしてもらえなければカミングアウトはなかったと思っています。実は、自分をそうせざるを得ない状況に追い込むという意味も込めて、相談したという側面もあるんです。本当にありがとうございました!
僕のような未熟者でも、こうやって誰かの役に立てた、そのことが嬉しくて、「ありがとうございました」と言いたくなってしまったのは、僕の方でした。

今日の記事はなにか結論があるわけじゃありません。カミングアウトはすべきだとかすべきじゃないとか、そういう話をするつもりでもありません。ただ単に、このSくんとのやりとりを紹介したくて書きました。これを読んだ誰かが、また僕の言葉に、何かを感じてくれるかもしれない、と期待を込めて。

いつもブログを読んでくれているみなさん、ありがとうございます。アクセスがあるのをチェックするたびに、嬉しく思っています。