2010年8月3日火曜日

僕たちの中の小さな神様、対応可能性を育てるということ

いま、僕は自分を何とか出来ている、と思っているけれど。

でも、世の中ってしんどい。まじしんどい。そう思いません?

友だちとご飯を食べたり、好きな人と好きあうことが出来たり、幸福なときもたくさんあるんですけど、でも、不幸が多すぎる。なんか僕の周りには苦しさに追われてる人が多い気がするのです。僕にはそれをどうにかするだけの財力も知恵も余裕もなんにもなくて、僕自分ひとりだってどうにかするのに精一杯で(どうにかなってるわけじゃないけど)、そんな「どうにかする」なんてだいそれたことかもしれないけれど、でもやっぱり歯がゆい時がいっぱいあります。

舞城王太郎じゃないけど、なんでもっとみんな幸せになれないんだ。僕のまわりにいるすべてのひとが、おいしいものが食べられて、ぐっすり眠れて、あたたかい場所で、あるいは涼しい場所で、すきな人たちと笑顔で、ほがらかにおだやかに過ごせればいいのにって本気で思います。

神様がいると思っているわけではないんですけど、もしこの世に全知全能の神様がいるとしたなら、ものすごく残酷ですよね。そんなやつを信仰するなんて俺には無理。今日食べるものに苦しんでいる子どもとか、育児に疲れて気が狂いそうになっている若い母親とか、いじめられて孤立して死ぬことばっかり想像してる中学生とか、仕事におわれながら自分の価値を見いだせずに苦しんで自己否定のスパイラルに陥ってる末端の労働者とか、そういうのもうぜんぶひっくるめて救いやがれ。話はそれからだ。とか思うのです。

僕の知る限り神様なんてのはいません。

ただ、苦しさを癒すものが神様ならば。そしてヤオヨロズの神と言わんばかりに、あらゆるところに神がおわしますのならば。もしかしたら、神様かもしれないと思う「なにか」にはたまに出会っている気がします。

それは、つらいときに一緒に寄り添ってくれる親友たちであり、僕を必要としてくれる職場のひとたちであり、家族であり、恋人であり、二丁目のママたちや一緒に活動する仲間たちであり――そういう、僕と関わってくれて、一緒に楽しい時を分かち合ってくれる人たち。さらに言ってしまえば、美味しいご飯をつくってくれるお店の人や、着心地のいい服をつくってくれる洋服屋さんや、友だちとの会話を楽しめる楽しめるカフェだってそう。

要は結局僕たち自身が神様になってるわけだ、と思う。

で、本題。

いまchikirinの日記を発端に、23歳のシングルマザーが二人の子どもを死なせてしまった事件が、多くのネットユーザーたちのあいだで話題になっています。

子どもの貧困、子どもを抱えることの貧困。

僕の言うこの貧困っていうのは、ただ単に、お金がなくて苦しいということだけではなくて、友人関係をはじめとするあらゆる社会的なつながりの豊かさが損なわれていることも指します。

いまこの国では、子どもを抱えることが、貧困につながってしまう。子どもでいることが、貧困につながってしまう。

僕は、多くの人は、ある程度、自己責任で生きるほうがいいと思う人間です。

それは、決して人に厳しいということではなくて、むしろ逆。

人は自分で責任をとって、リスクを取って生きる方が、より幸せになれると思うのです。

人付き合いでも、仕事でも、なんでも、自分の中に責任を設定すること。責任は英語ではresponsibilityだけど、つまるところ「対応可能性」。自分の行動の結果、いいことが返ってきても、わるいことか返ってきても、それを受け止める、そういう余地を増やしていく。それが自分で責任を負えるようになっていくということ。ひいてはオトナになるということ。

けれど、自己責任をとらせてはいけない、そういうセグメントは確実にあります。

社会で、ひとりひとりが、この手の届く距離で、余地があるときだけ、八百万ぶんのいちの神様を演じて、支えなければ、というところが確実にあります。それは自分の中に「対応可能性」がちゃんと育っていない人たち。対応しきれないものを抱えてしまった人たち。

たとえば、病気を抱えた人。

たとえば、子ども。

たとえば、シングルマザー。

彼ら彼女らの責任を、社会が、つまりは僕たちが、あなたたちが、担うことが大切だと思う。対応可能性をもつことが大事だと思うのです。

責任をもつ力とは、かえってくるいいことも、わるいことも、受け止める、そういう力です。

僕はそれを、八百万ぶんの一の神様みたいなものだと思う。


僕の親しい友人である中村うさぎさんが、シングルマザーとゲイのあいだでのかけはしをつくるネットワークについて、呼びかけをしていました。

ゲイは子どもを産めません。けれど、そのことで、子どもに対してどのように関わっていくかということを、考えていきたいと思っているゲイは意外と多くいると思います。

シングルマザーの気持ちは、たぶん僕にはなかなか分からないと思う。けれど、ノンケ男と分かちあえないようなことが、彼女たちにあるのなら、もしかしたらゲイは、彼女たちにとって、ひとつの豊かなつながりになれるのかもしれない、とも思います。

多様な家族のかたちの大切さを、知っている人も多いから。


阿部 彩
岩波書店
発売日:2008-11