2010年8月18日水曜日

分散の退屈(⇔集中の熱狂)

僕はあまねくギャンブルには、ほとんど手を出したことがなかったりします。

パチンコもしたことがないし、競馬も麻雀も知りません。それらに手を出したことがないのは、別にギャンブル的な行為が嫌いだということではなくて、それらの遊戯そのものがあまり面白そうに見えなかったということが大きいです。

馬のレースにも、パチンコ玉のガチャガチャうごくのにも、正直なところそんなに興味が持てません。そのうえ、胴元があんなに儲かっている様子や、新機種の投入コストや競走馬の育成コストを考えると「勝率ものすごく低いんだろうなあ……」と冷めてしまって、手を出せないのです。パチンコ店はとにかくうるさそうだし、競馬場もなんだか億劫です。

唯一、麻雀なんかは面白そうかもと思っているのですが、残念ながら、今まで一度も麻雀に誘われたことがありませんでした。ルールも知らないし。

ギャンブルに手を出したことがない――とはいえ、僕は賭けごとがとても熱狂的で楽しいものであることを否定しません。むしろ僕自身は、本来的には相当賭けごと好きな人間だと思います。

リスクをとって、リターンを得る。これ、賭けごとの原則です。

この原則というのは、金銭や物品をかけた賭博行為に限らず、生きているなかで起こりうるさまざまな「選択」にも関わってきます。

人生の中で起こりうる「選択」の賭けごとは、そのときどきによって、リスクとリターンのなかみは変わります。いつもいつも金銭というわけではありません。

たとえば勉強であれば、「時間」を投資するというリスクをとって、「学習効果」というリターンを得ることができます。なにかに時間をかけるということは、実は賭けごと的な性質をもっているんですね。

この「時間をかける」という行為を、一種の投資行動として考えてみたときに、僕が思い出すのは「分散」というキーワードです。

投資の手法には「分散投資」という手法があります。その名の通り、複数の金融商品に自己資金を分散して投資する行為です。ひとつのものだけに集中して投資を行うと、なんらかの要因で投資対象の価値が急激に下落してしまったときに、甚大なダメージをこうむってしまうので、リスクを分散させるために行われます。

そしてこれは確かに効果的なやり方であると僕は思います。

これを「時間やエネルギーの投資」で例えてみます。リターンはおおざっぱに「幸福感」で考えることにします。

僕らが「時間やエネルギーをかける」対象はなにがあるでしょうか。ざっくりと思いつくだけでも、恋愛、仕事、趣味、友人関係……といったようにいくつかあります。

いずれかの対象に、自分の持てる時間やエネルギーを集中投資したらどうなるでしょうか。

もちろん、うまくいくときもあります。恋愛に自分の時間やエネルギーをたっぷりとついやして幸福感を得ることができたり、仕事に時間やエネルギーをたっぷりとついやして幸福感を得られることもあると思います。

しかし、恋人とうまくいかなかったとき、仕事がうまくいかなったとき、そのときに受けるダメージは甚大なものです。もしもこのとき、他のものにもちゃんと時間やエネルギーをかけていたら、そのダメージを軽減することができます。友人関係にもちゃんと時間とエネルギーをかけていたら、失恋のダメージを軽減することができるでしょう。趣味にもちゃんと時間とエネルギーをかけていたら、仕事のやりがいをうしなってしまったときも、新しい自分の生きかたを模索するのに役立つと思います。

こういった考え方を踏まえると、確かに、分散という行為は確かに合理的であるように思えます。

けれど……、僕は、熱狂的な賭けごとの魅力って、あると思うのです。

複数のものに複数の賭けかたをするのではなくて、自分がこれだと思うやりかたに集中して、熱狂的に投資するということの魅力って、なかなか他のなにものにも代えがたいものです。

仕事に熱狂して打ち込むとか、恋愛に全力投球するとか、そういうことで得られるものの喜びって、たぶん、分散してそれぞれから得たリターンの総和よりも、すごく大きいものだろうと思うのです。

おおきいリスクをとる行為なので、リターンがおおきいというのも自然な話です。

リスクをとるということは、自己責任をとるということ。リターンというのはかえってくるもの。かえってくるものに対応する力が、責任(Responsibility=対応可能性)というものです。

以前に書いた、対応可能性を育てるということの話ともつながる話ですが、僕が対応可能性を育てたいと思うのは、すなわち、もっと大きな博打が張れるようになりたいということなのかもしれません。

最近の僕はわりと集中投資を避けながら生活しています。

大事なモノを複数もっていて、それぞれにそれなりにエネルギーや時間をかけています。ブログだってそのひとつ。

けれど、最近、何か熱狂的なものが足りないなと感じてきました。コレだ!と思えるような、熱狂的に集中投資しようと思えるなにかが欲しい、ちょっといまの僕は、そんな感じです。頑張って、責任取れる男になるので。