2011年12月27日火曜日

きゃりーぱみゅぱみゅ「きゃりーANAN」のコマーシャルをどう思う?

きゃりーぱみゅぱみゅの新曲「きゃりーANAN」をイメージソングに採用したCMが公開されました。求人情報サービス「an」のテレビCMで、1月7日から全国で放映予定とのことです。



中田ヤスタカは数多くのCM楽曲を手がけてきましたが、その転換点となったのは、Perfumeがエスキモーピノとタイアップした「シークレットシークレット」以降ではなかったかと思います。

メジャーデビューへの階段を駆け上がり、CMタイアップを獲得したPerfumeのヒストリーを描いたMVでは、タイアップ商品であったピノを作品中に堂々と取り込みました。アーティストがその作品の中に商品のプロモーションを取り入れることは、多くの場合、批判を浴びそうなことですが、「シークレットシークレット」のMVは巧みな物語性でそれを成功させました。



以降、Perfumeは商品性を意図的に取り入れた楽曲タイアップをいくつも発表してきました。

「シークレットシークレット」に続いて、エスキモーピノとのタイアップ「NIGHT FLIGHT」ではピノカラーのキャビンアテンダントをPerfumeが演じました。「ナチュラルに恋して」では「NATURAL BEAUTY BASIC」のブランドイメージを表現し、「キリンチューハイ氷結」シリーズでは、「レーザービーム」「微かなカオリ」「GLITTER」と、歌詞がそのまま商品を表現するCMを直球でだしてきました。

KDDIのiidaシリーズではPerfume楽曲のみならず、capsuleの楽曲をCMとタイアップさせました。また、最近ではcapsuleの「WORLD OF FANTASY」が、ドライブミュージックとしての表現とカーナビのブランドイメージを見事に融合させています。

今回の「an」CMはその中田ヤスタカのコマーシャル楽曲における、まさに到達点ともいえるような出来なのではないかと思います。商品ブランド名である「an」を連呼する歌詞という、かなり振り切れたものになっていて、正直なところかなりリスキーなものに仕上がっているのではないかと思うのです。

金儲けや商売といった性質が楽曲の一部であることに、多くの人は反発を覚えるでしょう。そういう反発は健全なものだし、「商売に音楽の魂を売り渡した」といった扇情的な表現は当然出てくるに違いないと思います。

ただ、前回の記事でも紹介したように、オノマトペ的な「日本語の繰り返し語」をアーティストアイデンティティとして表現するといった意味において、「きゃりーANAN」は見事にそれを体現している楽曲です。

楽曲の表現を成し遂げたうえで、あえて商品性を楽曲に取り込んでいるのであり、これらはPerfumeやcapsuleのCM楽曲とも共通することです。商品性を取り込んだうえで楽曲の音楽性を確保することは、そうしないことよりも難しいことのはずで、昨今の中田ヤスタカ楽曲には挑戦心のようなものを感じずにはいられません。

ところで、今回タイアップとなったのは非正規雇用の求人情報サービスである「an」なのですが、これときゃりーぱみゅぱみゅがタイアップすることには、時代の空気を感じます。

きゃりーぱみゅぱみゅのファッションを「『かわいい』のためだけのリスキーなファッション」とアメリカのティーンが評したそうですが、まさに言い得て妙。

周囲との調和や規範から逸脱するきゃりーのファッションは、費用も手間もかかります。社会人であのファッションを出来る人は相当少ないはずで、一般的にはいくつかのリスクをとらなくては選べないファッションです。

自らの好きなもののために社会的な規範や通年にしばられない、というのは、まさにフリーアルバイターのライフスタイルのひとつです。髪を染めることや服装の自由は、anのようなアルバイト情報誌において重要視される項目であり、きゃりーぱみゅぱみゅをイメージソングに採用した「an」側の思惑とも無関係ではないでしょう。

CMの映像でもそれは的確に表現されています。

「レジ店員」「力仕事」「ウエイトレス」といった仕事はスキルの蓄積がなくても、履歴書のキャリアがなくとも可能な、「好きなように自由に」の引換に与えられる低賃金労働といえるでしょう。

それを「かわいい」ポップな音楽とファッションでデコレーションしてしまうのがきゃりーぱみゅぱみゅの役目となっています。ブランド名を連呼して、商品性の内実に触れないつくりになっている点も、かなり意図的なものではないかと思います。

政治的な是非はおいておくとして、戦略的にはある種のリスキーさをも含めて見事なCMです。

ピノのようなアイス菓子、携帯電話といった商品性を取り入れたのは序の口だったというわけです。アイドルにアルコールを飲ませるCMを経由して、今回は非正規雇用の求人情報サービス。

商品性を組み込んでなおアーティストアイデンティティを実現する中田ヤスタカ。

「きゃりーANAN」はフルバージョンでの音源がまだ発表されていないため、楽曲そのものについてはまだなんとも言えません。ただ、今回のタイアップCMは、中田ヤスタカが手がけてきたコマーシャル楽曲における、ひとつの到達点のようなものであるような気がします。

きゃりーぱみゅぱみゅ
ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2012-01-11

2011年12月22日木曜日

東野圭吾氏らは電子書籍化を認めるべきか?

東野圭吾さんたち作家7名がスキャン代行業者にたいして提訴した件について、さっそくインターネット上では意見が飛び交っています。

僕自身はまだ紙の本のほうが便利だと感じており、電子書籍化が進んでいないことにさほどの不服はありません。正直に申し上げて、代行業者が有罪でも無罪でもあまり興味はありません。

なぜなら僕自身は紙の書籍をじっさい便利だと思っているし、代行業者の恩恵とも電子書籍の恩恵とも比較的無縁です。裁断でつくったものだろうがなんだろうが、いまは電子書籍にあまり用がないのです。

ただ、ひとこと言うならば、著作権者が読者の行為に対して不服を申し立てるのは賢い行為だと思えません。そのあたりの意見については、すでに多くの人が述べておられるので割愛します。

電子書籍には多くの人が近い未来のイメージを抱いています。著作権者による権利侵害にかかる提訴は、そういったイメージのなかで「時代の逆行」を印象づける以上のことはありません。

さて、今回の件で僕がもっとも心配なのは、提訴を起こした著者のかたがたのなかに、素晴らしい著者のかたがたがおられることです。

こんな提訴のことくらいで敬意を失っていいような方々だとは、個人的にはとうてい思えません。そしてどうか多くの人にとっても、それほどの敬意の対象であって欲しいとも思っています。

ノワールの傑作「白夜行」を書いた東野圭吾さんや、歴史小説の大作「蒼穹の昴」を書いた浅田次郎さんは、この提訴の件だけで、見損なわれてしまうような才能ではありません。

これはもちろん、今回の提訴について著者の先生方を評価するということではありません。むしろ、さっそく強く反発している在野の論客のみなさんに分があるだろうと思っています。著作権者が多くの読者を敵にまわすような発言、これは問題視されます。批判されるのも致し方ない。

ただ、この機に乗じて、才能ある作家の方々に対して「情報弱者」だの「あさましいポジショントーク」だのという言葉を投げかけて悦に入っている一部の方々はいただけません。ましてやその作家の文学性にまで踏み込んで話をしようなどとは。

東野圭吾さんの最新作「マスカレード・ホテル」は、冒頭、接客業の心意気をもって読者を掴むところから、視点が交互する中盤、そして終盤、一気に読ませる良質のエンタメです。このところの出版ペースも含めて、やはり実力ある素晴らしい作家だと改めて感じました。

そういった評価は今回の提訴の是非程度でかわるものではありませんし、彼らへの敬意は今回の提訴における発言程度で見損なわれるような軽いものではありません。

今回の提訴をされた作家のかたがたは、電子書籍化をほとんど認めていらっしゃらない方々です。

東野圭吾さんたちは、果たして電子書籍化を認めるべきでしょうか?

僕の答えは「NO」。電子書籍化など認めてくださらなくても、高価なハードカバーでも読みたくなるような本を書いてくれるのなら。ただ良い本を書いてくれるのならば、それでよいではないですか。そしてどうか出版社はそれを全力でバックアップしてください。

東野 圭吾
集英社
発売日:2011-09-09

2011年12月20日火曜日

金総書記の死を市民があんなにも大声で泣くのはなぜか

17日午前8時半に死亡したと伝えられている金正日総書記。

大きな声を挙げて泣き叫ぶ北朝鮮の市民の声が各種メディアで報道されていますが、その光景に異様なものを感じた人は多いと思います。

金正日総書記の死に対して、大声をあげて泣く市民。そこには、しみじみと泣く人も、さめざめと泣く人もいません。

http://www.francesoir.fr/より(写真)

なぜこんなにも多くの市民が大声をあげて泣くものなのか。市民のあまりの号泣ぶりに対して、北朝鮮の人民たちに対して、一層の距離感を感じてしまうようになってしまった人も少なくないだろうと思います。

そのとおり、実際、金正日総書記に対して、多くの市民が深い哀悼の意を捧げていることは、報道の通りであろうとは察せられます。

しかし、その前に北朝鮮には「」「哭礼の儀式」と呼ばれる、人がなくなったときの儀礼的習慣があることを多くの人は知っているでしょうか。

これは儒教式葬儀の一種のマナーやしきたりのようなもので、李氏朝鮮の頃から、朝鮮に根付いたものです。「アイゴー、アイゴー」と大声で泣く叫び声は、本能的なものではなく、あえて自発的に大声を出しながら泣くもので、この泣き声は自らの感情から出すものではありません。死者の子どもはあまりの深い悲しみのために自分では泣くことができないので、代わりに周囲の者が大声を上げて泣くのです。

遺族のかわりに「悲しい」「辛い」「寂しい」などの感情を表現しながらおおげさに泣きわめくことを仕事とする「泣き女」という伝統的職業もあるほどです。朝鮮文化において、大声をあげてなくということは、際立って不自然なことではなく、大切な人が死んだ時には当たり前のように人々が行うことのひとつなのです。葬儀の期間中はずっとこれが必要で、喪服を脱ぐときまで続けなくてはならないとされているので、総書記の喪に服すこととなった北朝鮮の市民は相当泣き疲れるのではないかと思います。

みながみな号泣し、ひとりもさめざめと泣いたりしないということの裏には、かような儀礼的文化を持つ側面があるのです。

北朝鮮という国の体制は異様で、確かに日本とは異なる文化を持つ国です。しかし、彼らが一見理解出来ない異様な振る舞いをしているからといって、まるで違う生き物であるかのように自分たちと切り離して考えてしまってはならないと僕は思います。政治がつくりあげた文化に染まり、行動も言動も支配された歴史は、この日本にだってあるのだし、今なおそのような側面がないとは言い切れません。

2011年12月18日日曜日

2011年個人的邦楽セレクション

2011年に発表された国内音楽作品の特に気に入ったものをまとめることにしました。

短くまとめたレビューも書いておきます。

◆アルバム部門

capsule
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2011-05-25

capsuleの最新アルバム「WORLD OF FANTASY」。国内エレクトロポップにおいて圧倒的な一人勝ちを続けている中田ヤスタカ。90年代前半的レイブサウンドをリバイバル的に取り入れてきた本作は正直言って一部のファンにはすこぶる評判が悪い。しかし、「初期のほうが良かった」というのはいまやcapsule最新作に投げかけられる常套句となりつつあり、あまりにもナンセンス。何年も前に聞いたような音作りで古臭くて冗長、といった評価も多いけれど、その数年前のダサい音でも臆面も無くやってしまうことこそが中田ヤスタカなのだと言わざるを得ない。普通に考えていたらできないことをやってしまうから中田ヤスタカという男はかっこいいのだ。

galaxias!
NAYUTAWAVE RECORDS
発売日:2011-11-23

柴咲コウ+DECO*27+Teddyloidによる音楽ユニットgalaxias!のデビューアルバム「galaxias!」。はやぶさや宇宙兄弟など今年は「宇宙ブーム」がきていたような気がする。多様性志向の時代のなか、国家間や地域間などで生まれる衝突や問題を回避したい思いが、僕たちの無意識を宇宙へと向かわせているような思いが拭えない。宇宙的なモチーフを取り入れた彼らのデビューアルバムには、二十代のクリエイターふたりの未来や社会に対する直感的な表現と、それを肯定的に発信しようとする柴咲コウの歌声が見事に融合している。

FPM
avex trax
発売日:2011-11-16

FPM待望のオリジナルアルバム「QLASSIX」。カンヌ国際広告賞を受賞した「ユニクロ・カレンダー」に提供した楽曲集はクラシックとダンスミュージックの融合。クラシックと電子音楽の融合というコンセプトそのものは決して目新しいものではない。ただ、耳なじみのある有名曲をシンプルに聞き心地よく衒いのないクラブサウンドに仕立てて訴求するという手法は、ユニクロのシンプルなカジュアル性の広告を見事に表現している点であたらしく、気持ちがいい。

◆ミュージックビデオ部門



世界に向けて原宿×Kawaiiを拡張して発信する象徴・きゃりーぱみゅぱみゅの「PONPONPON」。CoolではなくWeirdなJAPANを体現するこのMVは、日本語ならではのオノマトペを駆使した中毒的なサウンドと、グロテスクさをまとったキュートなファッションがすばらしい作品。村上隆のアイボールを思わせる眼球や、おもちゃのあふれる部屋が示す幼児性と過剰性の表現など、アート方面からも評価が高い。

◆アニメソング部門



魔法少女まどか☆マギカのエンディングテーマ・Kalafina「Magia」。物語の転換点となる第10話では挿入歌として使われた。脚本を読んで書いたらこうなった、という梶浦由記の歌詞は見事に作品の世界観を表現している。日常性を破壊した第三話から登場したダークなエンディングは、明るく表現されたオープニングの「コネクト」との対比が鮮やかで、どちらもとても甲乙付けがたい。個人的な好みでこちらを挙げたけれど、第10話で反転して明らかになる「コネクト」の表現も見事というほかない。

◆ボーカロイド部門



EZFG「サイバーサンダーサイダー」。元はVY1を用いて発表された楽曲だったが、VY1V3の公式デモ楽曲にも選ばれ、上記のYouTubeビデオがアップロードされた。VY1シリーズは人格性がとりわけ低いボーカロイドであり、本作の動画にもキャラクタービジュアルは用いられない。作曲者のEZFG氏もボーカロイド文化にみられる「ボカロP」の肩書きは断っており、棒人間のモチーフもあいまってキャラクター性を徹底的に排除しているかのような印象を受ける。エレクトロとしての完成度も極めて高く、感情のうねりと自己否定に対する応答を描いた歌詞の完成度も素晴らしい。

◆ニコニコインディーズ部門



Chouchou(シュシュ)「eclipse」。Chouchouは「バーチャルワールドという国境のない果ての地で生まれた音楽ユニット」を称するJuliet Heberle(ボーカル)とarabesque(作曲)のユニット。良質なエレクトロニカとしてニコニコインディーズカテゴリの中でも再生数5万超の人気楽曲となっている。極めてニコニコらしくない楽曲のようにも思える。退廃的で低温度な世界観を映し出す光と影のコントラストが印象的なMVは、それ自体ハイレベルなアートフィルムとなっている。ユニットの名前とこの映像美から「リリイ・シュシュのすべて」を想起する人も少なくないだろうと思う。YouTube投稿アカウントは「chouchouholic」となっており、やはりこれも「リリイホリック」を想起させる。

◆ダウンロード配信部門



さよならポニーテール「ナタリー」。期間限定で無料ダウンロード配信楽曲として提供された。音楽ニュースサイト「ナタリー」のために作られた本作は、さよならポニーテールがソーシャルネットから登場した音楽ユニットであることをもっとも象徴的に表す楽曲。絵と音楽で物語の世界観を作る手法と、そのやわらかで優しい空気感は、競争社会の自由ではなく、楽しさと癒しの自由をまとっている。音楽ファンを引きつけてやまない彼女たちの世界には今後も注目したい。

2011年12月16日金曜日

ネット配信時代のガールズエレクトロは魔法少女らしい…?「Weekend Paradise」がファーストアルバム「終末一般論」をリリース

※この記事は10年代の最新ネットカルチャー情報サイト「ねとかる!」に寄稿した記事です。
http://netokaru.com/?p=2254

いま一番気になっているエレクトロポップガールズグループを紹介します。

三日前に初めて音源が公開されたばかりのインディーズグループです。ですので、おそらくこうやって文章で彼女たちの楽曲が紹介されるのは、この記事が初ではないでしょうか。

次の冬コミでファーストアルバム「終末一般論」が発表されるそうですが、買いにいけないのはとても残念です。彼女たちのアルバムを冬コミで購入して僕に届けてくれる友人を大募集します。通販も用意されるようなのでそれにも期待しましょうか…。

さて、そのグループ名とは、「Weekend Paradise」。




ボーカルの鹿乃さん、作曲のshinoさん、作詞&イラストのミヤさんからなるガールズグループ。

shinoさんと鹿乃さんが学校での友人らしく、ミヤさんはインターネットを通じてグループに加入。「メルヘンで、ちょっとブラックな遊園地」をテーマに、作品を発表していくという彼女たち。発表の場所はニコニコ動画の「ニコニコインディーズ(NNI)」カテゴリーを利用していくようです。

現在公開されている「ラストループ」は、アンニュイな鹿乃さんの歌声とハードなエレクトロサウンドが融合した楽曲。女子三人でここまでゴリゴリのエレクトロポップグループは、かなり珍しいのではないでしょうか。

作曲担当のshinoさんの実態は「魔法少女」だそうで、ループを扱った歌詞にはなんとなく「魔法少女まどか☆マギカ」のようなニュアンスを感じてしまいます。また、学校での友人関係からはじまったグループというところには、なんとはなしに、「けいおん!」のような雰囲気も。

Myspaceでの音源発表から火がついた「さよならポニーテール」もまたイラストを作品の一部として積極的に取り入れたグループでした。イラストのような世界観を強く決定するアートディレクションの専門メンバーを配置するのは、ネット配信時代の音楽戦略としては当然のものとして定着していくのだろうと感じます。

鹿乃さんはもともとボカロ系の歌ってみたなどで活躍していた歌い手。相互にn次創作の連鎖を続けるアマチュアクリエイターのループから飛び出し、ニコニコインディーズでオリジナルを配信するという戦い方を選んだ彼女の今後の活動は、どんな「シュウマツ」を迎えるのでしょうか。

ネット配信時代のガールズエレクトロ、初音ミクに背を向けてどこまで戦えるのか。気になります。

Weekend Paradise公式サイト:http://weekendparadise.web.fc2.com/

2011年12月13日火曜日

インターネットが届かない街で

佐賀に帰ってきてから、パソコンとインターネットの専門店で働いています。そこはあまり忙しくない職場で、僕は田舎のインターネットのことをあまり知らないおじいさんおばあさんにもひとりひとり丁寧にパソコンとインターネットを案内する仕事をしています。

僕は基本的にインターネットに救われ、インターネットに育てられた人間です。だからそれを丁寧に販売する仕事には自分の熱もこもります。アルバイトとはいえ、性に合った仕事だと感じながら働いています。

しかし、そんな職場で僕は改めて愕然としています。

2011年12月8日木曜日

きゃりーぱみゅぱみゅ「つけまつける」はアジア的想像力が産んだ変身魔法である

※この記事は10年代の最新ネットカルチャー情報サイト「ねとかる!」に寄稿した記事です。


日本史において、長い間、北欧に関する情報は不足していたと言われています。そのためか、地理的に遠く、交流も少なかった異国・北欧の地を、日本人は理想型として語り継いできました。

研究者の吉武信彦によれば、それは「日本人にとって、北欧が直接の利害対立もなく、基本的に好ましいイメージでみられてきたため、人を説得する上で良いモデルとして利用しやすかったから」。

欧米列強、近隣アジア、文化的政治的衝突を経たこれらの諸外国にくらべ、北欧はあまりに美化されてきました。北欧神話の地、寒空の下、ゆたかに暮らす北欧の民。福祉の充実した政治的理想モデルとして、いまなお憧憬されるそのイメージは、「かもめ食堂」や森ガールといった近年の流行にも脈々と受け継がれています。

実はこのように、日本という国もまた、遠く離れた北欧諸国に対して、美化・戯画化されたイメージを振りまいてきました。極東の神秘の国として、北欧諸国にはいまだに誇張されたイメージが伝わっています。

そのイメージとはひとことで言うならば「Weird」。日本語で言うならば「」。

kawaii」を全面に押し出し、組み合わせの妙や幼児性、大量消費社会、といったJAPAN的な「Weird」をまとったきゃりーぱみゅぱみゅのデビューが、フィンランドやベルギー、スウェーデンといった北欧諸国を中心に、世界レベルで成功したのは、もはや必然だったとも言えるのではないでしょうか。

さて、きゃりーぱみゅぱみゅの最新シングル「つけまつける」のMVがYouTubeで公開されました。

前回に引き続いて、ヤバい出来の楽曲になっています。素晴らしいです。

2011年11月30日水曜日

galaxias! デビューアルバム、聞いて欲しい。JPNもいいけど。

柴咲コウは、galaxias!結成についてこんなことを語っています。

柴咲は現在のヒットチャートに入る曲が偏っていると感じており、「変な反骨精神とかではなく、世の中にはもっとカッコいい音楽がいっぱいあり、そういうものをちゃんと出せるっていうのは、世の中に対してもすごく健全」と持論を語る。(参照:SANKEI EXPRESS)

柴咲コウのその思いは本当に強いものなんだろう、と僕は勝手に共感してしまいます。

日本のエレクトロヒットチャートは、少なくともここ一年くらいの間は、ずっと中田ヤスタカの独壇場でした。僕は中田ヤスタカが大好きですけれど、でも、本当にこれは偏っていると思っていました。

ここ数年、日本の音楽シーンにおいて、中田ヤスタカのほかにエレクトロの領域でもてはやされているのはJUSTICEとかDIGITALISMとか海外出身のアーティストが多数。日本出身がまるでいないわけではないんですけれど、チャートに多少出てきたとしてもFPMとか大沢伸一とか、なんか大御所みたいなひとばっかりで、それも結局は中田ヤスタカの後塵を拝しているのです。

不作続きなのです。日本のエレクトロヒットチャートは。

ロック系、バンド系の音楽と比べるとそれもすごくわかりやすく差がついているんですよね。音楽ニュースサイトのナタリーを僕は逐一チェックしているんですが、本当にロックバンドは豊富で、豊作で、着実にいろんなところでファンを増やしています。

なんでエレクトロは負けるんだろう?

日本のエレクトロ・ミュージックそのものが低レベルなのか? いや、それは違うんです。

ニコニコ動画とか、インターネットで音源を公開するかたちで活動しているエレクトロのアーティストはものすごくハイレベルな人がぞろぞろいるんです。それなのに、メジャーのヒットチャートになると、とたんにそういうひとがいなくなってしまう。

ただ、メジャーのヒットチャートに、彼らの音楽を持っていくひとがいないだけ。

柴咲コウはそんな現状を苦々しい思いで見つめていたんじゃないでしょうか。

DECO*27Teddyloid――インターネットで音楽配信を続けていた、20代前半のふたつの才能。

そのふたりともを同時に引きこんで、メジャーのヒットチャートに挑む音楽ユニットをつくりあげてしまった柴咲コウは、すごい。慧眼だと、思います。

galaxias!においてはヴォーカルの位置にいる彼女だけれど、もしかしたら彼女は、プロデューサーの位置にもっとも近い存在なのではないかという気すらしてくるほどです。



ライブはUSTREAMでみていたのですが、かっこいいですね。

エレクトロロックは個人的にはずっと流行して欲しかったジャンルです。かつてPerfumeが「テクノポップ」という言葉を人口に広く膾炙させたときも、このまま「テクノロック」の方向に流れないかな、なんて考えていましたから。

結局、そのころインディーズで活動していたいくつかのテクノロックバンドはいまや活動休止になっちゃったりしてて、あんまり流行らなかったんですが……。

galaxias!を機にエレクトロロックの裾野が広がってくれればいいですね。

売れてほしいな、galaxias!

で、今回のデビューアルバム。いくつかの方向性の楽曲が実験的につめこまれているような印象を受けました。今後どの方向に進むのかは未知数なのだと思います。

僕は今回、「CONNECTION」や「future」のような楽曲に強く惹かれました。

両方とも英語詩の曲なので和訳もつけて一部を紹介します。間違ってたらごめんなさい。

Revolt! We are the future!
Hopeless future...
I wanna live the future
All the water and forest cryin' and dyin' at this rate

和訳)反乱しよう! 僕たちが未来だ!
希望のない未来…
僕はその未来を生きたい
このままだとすべての水と緑は泣いて死んでしまう

"future" - galaxias!
MY CONNECTION’S NOT FICTION,
BE LOVED… BE LOVED…
YOUR CONNECTION IS JUST FICTION,
THE LIES BEHIND

和訳)僕のコネクションは虚構なんかじゃない
愛されて…… 愛されて……
君のコネクションはただの虚構だ
背後にある……

"CONNECTION" - galaxias!

future」という楽曲の前には「ESCAPE FROM HOPELESS FUTURE」というインストの曲も収録されています。「希望のない未来」をキーフレーズに据えたこの二曲の構成はまず間違いなく、DECO*27とTeddyloidという二十代の感性が産んだものに違いないと思います。

他にも魅力的な楽曲が複数収録されたデビューアルバム「galaxias!」いいです。オススメです。


g a l a x i a s !
NAYUTAWAVE RECORDS
発売日:2011-11-23


僕は中田ヤスタカ大好きな信者だけど、Perfume「JPN」にも負けないで売れて欲しいです。

特にTeddyloidは僕はもう二年くらい前からずっと好きなのでこれを機にもっと曲を作ってほしいです。

2011年11月17日木曜日

オランダのデザイナーが表現したジャポニズム

最近、僕は宇野常寛さんの著作をきっかけに、子ども向けのポップカルチャーに特に興味を持つようになりました。

仮面ライダーやウルトラマンはもちろんのこと、プリキュアやポケモン、遊戯王といった日本発の子ども向けポップカルチャーが産む想像力には、未知のものを感じるような気がします。

先日行ったジャラパゴス展では、歌舞伎や浮世絵、盆栽や書道など、日本の伝統文化を作中に取り入れたものを特に多く見ました。しかし、子ども向けのポップカルチャーにおいても、日本独特の感性を汲み取ることは可能だろうと思います。

村上隆さんのアートについて、著書も読んでいない僕はまだ十分理解していないのですが、あのかたのアートも、アニメやマンガといった日本のサブカルチャーを土台に創りあげられたものですよね。面白いですね。

最近は世界から日本のポップカルチャーがどう見えているのか、ということも興味のひとつです。今日はオランダのデザイナーの作品を見ていたら、面白いものを見つけました。

2011年11月14日月曜日

JALAPAGOS展を見に行って来ました

先週、福岡・天神で行われている『JALAPAGOS展』という美術展に行って来ました。

今月と先々月の二ヶ月間で、大小あわせて十個ほどの美術展を鑑賞してきたのですが、福岡・天神で行われていたこの『JALAPAGOS展』がもっとも楽しい展示だったので、今日はそれを紹介したいと思います。

もともとは東京のTOKYO DESIGNERS WEEKに際して企画された現代アート展です。今回見てきたのは、それを福岡に持ち込んだ展示で、内容も東京のものとは違ったものが展示されていました。もちろん、ジャラパゴスとは、ジャパンとガラパゴスの造語。

昨今よくいわれるガラパゴス的な日本の独自の文化をテーマにした現代美術展です。

2011年10月30日日曜日

2011年10月26日水曜日

Alexandra Stan(アレクサンドラ・スタン)「Saxobeat」でサックスを聞いてみたいと思うようになった

日本のエレクトリックミュージックチャートを見ていると、もうここ一年くらいはずっと中田ヤスタカの一人勝ち状態が続いているような印象です。

エレクトロ系のチューンでも、何故かK-POPはチャートから外れているので、実際は中田ヤスタカだけではなく、K-POPからもエレクトロポップのヒットは排出されているのでしょう。とはいえ、中田ヤスタカ以降、エレクトロのシーンで活躍する日本のアーティストがなかなか出てこないという状態なわけで、改めて中田ヤスタカはすごいなと感じる次第です。

ただ質の高いエレクトロが作られていないのか、というとそうではないわけです。ニコニコ動画のVocaloidランキングをチェックしてれば、プロ顔負けのエレクトリック・チューンに出会うことも少なくありません。

いまや日本のエレクトリックミュージック市場で商業的な成功を収めるには、楽曲のレベルの高さだけでは通用しないということなのかな、と感じます。アーティストという言葉が示すように、アートとしての戦略や意味、文化的な脈絡といった要素が、商業的な成功を大きく左右しているように思います。

個人的には先日もブログで紹介したgalaxias!には最も期待しているのですが、もっと他にも面白い日本のアーティストが出てくるといいなあと思っています。

海外のエレクトリック・ミュージックも嫌いではないのですが、文化的な脈絡をうまく感じ取れないのが苦手です。レディー・ガガのようにメッセージやアーティスト性が明確な場合はともかく、特にクラブミュージックシーンで活躍するアーティストは、歌詞もファッションもうまく感じ取ることができないような気がしています。これも欧米コンプレックスのようなものなんでしょうか。

ただそんななかでも「これは好きだ!」と明確に感じる曲に出会うこともあります。ルーマニアの歌姫、アレクサンドラ・スタン(Alexandra Stan)の楽曲もそのひとつです。

調べによると、幼少の頃から音楽的才能を表し、家族からのサポートを受けながら育ち、音楽祭や音楽コンサートなどにおいて才能を発揮し、そして大手レコード会社と契約しデビューという王道、順風満帆な音楽的成功の道を歩んでいるミュージシャンです。シンガーソングライターとして、ボーカルと作曲の両方をこなしています。

先月発売されたばかりのデビューアルバム「Saxobeat」にはタイトル通り、アルトサックスの音色が特徴的な楽曲がいくつも収録されています。

ただし、音楽ジャンルとしては、ダンスポップ、ユーロポップ、ハウスあたりに分類されると思います。でもタワレコさんがTwitterでエレクトロR&Bとも紹介してたので、そうなのかもしれません(違うと思うけど…)。サックスは特徴的に一部に使われているだけですが、以下のYouTubeは表題曲にもなっている「Mr.Saxobeat」です。



サックスといえば僕にとってはジャズの代名詞のようなイメージの楽器。

実をいうと、僕にとってサックスはずっと苦手な、興味のない音色の楽器でした。というよりも僕は金管楽器全般があまり好きではなくて(とはいってもサックスは構造上は木管楽器に分類されるらしいですが……でもほぼ金管楽器みたいなもんだろと僕は思っています)、クラシック音楽を聞くときも弦楽器とピアノを中心に聞くことが多く、ジャズなどには特に疎いのです。サックスはほとんどさっぱりです。

そんな苦手な楽器のひとつだったサックスをダンスポップに取り入れた彼女の音楽。聴いた時、サックスなのに耳が心地よい、と驚きました。歌詞の意味もよく知らないし、彼女の音楽にある文化的脈絡もよくわかりません。ただ、クラブカルチャーの享楽的なニュアンスを感じる一方で、そこにジャズの主役たるアルトサックスが顔を表す奇妙なバランスに、単純化させまいとする意志を感じるような気がします。

イギリス英語ではBGMのことをウォールペーパー・ミュージックというそうですが、日本におけるジャズといえば、おしゃれなカフェやバーで流されるBGMというイメージが僕の中にはあります。

しかしそれはジャズが市民的な人気を獲得している証左というわけではないのだ、と友人のジャズファンは語ります。理解されないからこそ、飾り紙のような扱いをされるのだと。それは英字新聞を包み紙に使うのと似ている、と。本来は読み解かれるべき音楽なのに、ただ消費される音楽になっているのだと。

ポップミュージックを、読み解くように聴く、そういう行為を僕は好んでいます。が、そんななかでサックスの音色を壁紙のように捉えてきた自分の感覚に、なんとなく違和感のようなものを感じたような気がします。

あくまでサックスはひとつの音色として選ばれただけであり、この「Saxobeat」にジャズから始まるサックス音楽の文脈はまったく関係ないかもしれません。実際、まったく関係ないような気がします。ジャズファンからしてみれば、この楽曲でサックスを語るな、と言われそうな気すらします。だいたい一曲通して聞くと、そんなにサックスばかり使われているわけでもないですしね。

ただ、僕にとってはサックスミュージックに興味を向けさせられるような意志を感じるサウンドでした。日本版のアルバム発売を期待したいです。

Alexandra Stan
Ultra Records
発売日:2011-10-24

上記のアルバムはアメリカ版の輸入盤です。ちなみに、ドイツ版は9月に発売されています。ちなみに実は結構エロい歌詞みたいですね。

2011年10月20日木曜日

今更かもしれないが「万能鑑定士Qの事件簿」を読んだほうがいいよ

万能鑑定士Qの事件簿」という小説を知っているでしょうか?

面白くて知恵がつく人が死なないミステリ」をテーマに、殺人事件どころか作中では自然死すらも描かれないという特徴を持つミステリー作品で、作者は松岡圭祐。ご存知かつて「千里眼」シリーズでヒットを飛ばした作家です。

つい最近読み始めたのですが、これが大変テンポが良くて面白い。

なんでこんな面白い作品を12巻も刊行されるまで見逃していたんだろう、そういえばいつからこの作品は刊行されているんだろう、と思って作品の奥付をチェックしたらビビりました。

2011年10月18日火曜日

こんなにいる! 和製レディー・ガガたちが増殖している件

きゃりーぱみゅぱみゅが「JAPANESE GAGA(和製レディー・ガガ)」として世界的な人気を呼んでいます。

前回の記事でも書きましたが、北欧を中心に彼女が海外からの人気を獲得しているのは、クール・ジャパンならぬWeird Japan(ヘンなニッポン)がつくる「Kawaii」の象徴として、秋葉原ではなく「ハラジュク」を拠点とした戦略的な成功でしょう。

きゃりーぱみゅぱみゅについてそろそろ一言いっときますか きゃりーぱみゅぱみゅについてそろそろ一言いっときますか #男色系男子 きゃりーぱみゅぱみゅについてそろそろ一言いっときますか #男色系男子

しかし、この成功をこころよく思っていないだろう(勝手な推測)、オンナたちがいます。

そう。

今もなお増殖を続けている数多くの自称(?)「和製レディー・ガガ」たちです。

今回はそんな和製ガガたちを一挙にご紹介したいと思います。

2011年10月14日金曜日

COLTEMONIKHA(コルテモニカ)はきゃりーぱみゅぱみゅの逆をゆく

デザイナー酒井景都と中田ヤスタカによるコラボユニット"COLTEMONIKHA(コルテモニカ)"が4年ぶりにベストアルバムを出すことが発表されました。

ヤスタカ&酒井景都COLTEMONIKHAが4年ぶり新作
http://natalie.mu/music/news/57945

COLTEMONIKHA
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2011-12-14


数多くある中田ヤスタカプロデュースの楽曲。Perfume、capsule、MEG、鈴木亜美、きゃりーぱみゅぱみゅ……。しかし、そのどのプロデュース作品とも、COLTEMONIKHAの世界観にははっきりと違う点がひとつあります。

それは、COLTEMONIKHAの世界観を産み出すのが、中田ヤスタカではなく、酒井景都のほうであるというところ。

2011年10月13日木曜日

日本行き無料航空券を配るのはよい政策だと思う

鉄鋼、造船、半導体、電機、自動車。

製造業は新興国に奪われていく宿命なんだろうなあ、と思います。韓国や中国に日本の製造業が今後勝てるとはどうにも思えません。全世界に存在する産業の数には限りがある。でも、製造業以上に潤沢な雇用を確保できる産業はなかなか見当たらないですよね。だから今、アジアは製造業の奪い合い。

それでも日本の技術力はすごいから、と国家の安泰を信じている人がいっぱいいます。

けれどそもそも僕は、トヨタやソニーにいつまでも「日本の」という言葉がつけられるかということ自体に疑問です。かつては自国企業の業績が伸びれば国の経済に恩恵があると信じられていたけれど、いまやそれは疑わしいのではないかと思うのです。

Amazonもイーベイも楽天もアップル社のiTunesも税率の低いルクセンブルクに本社をおいて、がんがんルクセンブルクに納税しています。企業の発展が、別の国家の利益となっている。そういうことって、これからもっと加速していくんじゃないか。

「日本を富ませる製造業」は、どんどんなくなっていくんじゃないかな。

日本の食い扶持を大企業が稼いでくれる、という時代はそろそろ終わりなのだという気がしています。

ギリシャのように「公共の福祉」費用を計上し続け、公務員を雇い続ければ、国家財政が破綻し、結局、安定雇用をカットされた公務員から暴動が起きますし、イギリスやアメリカのように「公共の福祉」費用を削り続ければ、雇用も安定もない若年者は、最終的にやはり蜂起するしかないんじゃないでしょうか。

日本から、国家を富ませる産業が失われていくのは、もはや逃れられないことなのだと思います。今は国家の衰退をなんとか引き伸ばしているけれど、いつまでも引き伸ばせるものじゃないだろう、というのが僕の考えです。

2011年10月11日火曜日

きゃりーぱみゅぱみゅについてそろそろ一言いっときますか

アニメやファッションなどの日本発信文化産業を海外に売り込む政府の戦略「クールジャパン」。

つい先日、野田佳彦首相によってそのロゴが選ばれましたね。

ユニクロのロゴで有名な佐藤可士和によってデザインされたそのロゴは、日の丸がスライド移動しているようなデザインです。すでに多くの人に指摘されていますけれど、1993年にデザインされた日本オリンピック委員会のエンブレムに酷似しています。


問題なのは酷似しているということでしょうか。

僕はそれよりも、こういう「造形性の低い」デザインの発想そのものが、これほど前からずっと変わっていないということのほうが問題だと思います。

クールジャパンという言葉は、90年代初頭に使われた「クール・ブリタニア」が語源です。この「クールジャパン」戦略は、国の文化を「クール」と表現するその90年代的な感覚を、このロゴとともにいまなお引きずっているという証左ではないでしょうか。

そう、「クール」そのものが、そもそも的はずれな形容詞なんだ、と僕は思っています。

その点、中田ヤスタカは違う。

2011年10月5日水曜日

僕らのことを歌った切ない新曲、槇原敬之『軒下のモンスター』

槇原敬之さんが新曲を発表しました。

なにをうたった曲なのか、言わずともわかるはずです。



突然田んぼの真ん中に

現れたUFOのように

揺れる稲穂があまりにも

似合わない君が立っていた

その時ずっと解けずにいた

謎の答えが分かった

好きになる相手がみんなと

僕は違うんだと

普通に結婚して

子供を何人か授かって

それ以外は幸せとは

誰も信じないようなこんな街で

僕のこの恋はどうやら

上手くいきそうにない

わかってるそんなこと

誰よりもわかっているさ

だけど譫言のように

心は君の名を呼ぶから

ばれないように心の口を

必死に塞いでいる

槇原敬之さん『軒下のモンスター』の歌詞

槇原敬之
SMD itaku (music)
発売日:2011-07-27
「軒下のモンスター」が収録されたアルバムです。

galaxias! に超期待

Perfumeのスマッシュヒットによって中田ヤスタカのサウンドが市場を席巻し、その後、中田ヤスタカのサウンドフォロワーがイナゴのように大量に現れました。

AIRA MITSUKIしかり、元気ロケッツしかり。

しかしいずれもヒットせず(と言ってもいいと思う)、日本のエレクトロサウンドは中田ヤスタカのほぼ一人勝ち、世界的に見ればエレクトロポップで大きく足を伸ばしているのはK-POPのみで大きく水を開けられている状況が続いておりました(あくまで僕の主観ですが)。

しかしここに来て思わぬ本命が登場しました。

2011年9月27日火曜日

自己充足系草食世代男子、ただいま就職活動中。

原っぱにたくさん草が生えていて、それをモグモグしている牛や羊はとてものどかで、おだやかです。

草食系という言葉に対して僕たちが抱くイメージは、おだやかで、ガツガツせずに充足し、ゆるやかな日常に幸福を見出す、そういうものだと思います。

2011年、日本は未曾有の危機に陥りました。震災のみならず、原発や経済問題、政治の不安定、そして従来から続く高齢化社会や雇用の不安定さなどの問題がミルフィーユのように数十段重ねとなって、いったい未来はどうなるんだと思えてくる情勢です。

しかし震災によって暮らしが大きく変わった人々がいる一方で、日本の多くの若者たちの目の前に茫漠とした不安な未来が横たわっていたのは、従来とまったくかわっていないというところなんじゃないでしょうか。

2011年9月18日日曜日

上京一日目~三日目:卒業、別れ、未来

大学を無事に卒業いたしました。

そして、およそ八か月半というこのタイミングで、彼氏との関係にお別れを告げました。ずいぶん前から決めていたことで、お互いに不一致を感じていたのでした。

2011年9月15日木曜日

上京前日 ー おみやげで「徐福さん」を買っていきます。

九州の中でも佐賀県は観光資源がいちじるしく乏しいともっぱらの評判です。まったくのゼロ、とまでは言わないけれども、どうしても他県と比べると見劣りしてしまうというのが実情です。

唯一の長所は、災害に強いということです。地盤は強く、大陸プレートの上に乗っているため、日本で最も地震の少ない県だと言われています。また、山谷が少なく、県のほとんど平地なので、台風や大雨の時も、土砂災害に見舞われる可能性が低いということもあります。

観光資源はないけど、災害に強い。原発立地県になるのも、むべなるかな、といったところ。

2011年9月11日日曜日

3.11から半年 ― 311以降のポピュラリティ

震災以降、様々な形で、多くの分野で、自分たちが何をしていけばいいのかを模索している人が増えたような印象を僕は持っています。

アニメや漫画、小説といった物語作品において、今後、どんな作品が生まれてくるのか、僕は興味津々です。今後生まれてくるだろう人気作品の傾向について、個人的にいくつか予測を立ててみたいと思います。

2011年9月5日月曜日

祝卒業:ご報告

大学七年生にして、ようやく卒業が確定致しました。

長かったぜ。

九月十六日から九月二十二日にかけて東京に参ります。

上京の際は東京のみんな遊んでやってね!

2011年9月3日土曜日

難病の余地などない気がしていた

佐賀に帰省して以来、かつての地元友だちにはいっさい連絡をとっていません。

単に連絡先の大半を水没携帯に閉じ込めてしまったというのが理由だったりするのですが、特に連絡をとることもなかろうと思っていたというのが実際の本音。あったところで、何を話したらいいのかも、正直よくわかんないです。

高校生のころの友だちは、大学受験という共通の目標に向かって進む仲間だった。僕の育った高校は、今思えばとてもいい校風の学校だった。そこで学んだことは、大学受験のための知識でしかなかったかもしれないけれど、知識に貴賎があるのかどうか。その当時の僕たちにとって身に余るほどに思えた知識たち、それを自分の身に植えつけていく訓練。その訓練をともにした同級生たちは、あのころ確かに仲間だっただろう、と今では思うのです。

同級生という存在には、どこか他人ごとでないような感覚があります。同じ土、同じ水のなかで――などとまでは言わないにしても、同じような環境で、同じ土地、同じ学級で育てられた別の種が、どこでどのように芽吹くのかということには、関心を持たずにはいられない所があります。

もちろん自分と同級生たちは別の人間だけれど、それでもどこか、違う道を歩んだ自分の鏡写しのような気がしてしまうのでしょうか。かつていくつもの道筋に別れた交差点で、あちらの道とこちらの道、どちらも選べた選択肢、そこで選ばなかった行く末を、同級生という存在が背負っているように見えるのでしょうか。

最近、偶然に、かつての同級生の現在を知ることがありました。

僕の同級生だった彼が現在、背負っているもの。

それは、難病

2011年8月22日月曜日

鹿野道彦農水相とは何者か―電力利権に立ち向かえるたったひとりの次期首相候補

後継首相となる民主党代表候補が、続々と出揃ってきましたね。

枝野幸男内閣官房長官、前原誠司前外相、仙谷由人全内閣官房長官、野田佳彦財務相、岡田克也民主党幹事長、海江田万里経産相――

2011年8月20日土曜日

鏡月グリーンの「東海」表記問題でサントリーを責めるべきとは思えない

僕は以前からサントリーという企業のファンです。

日本に飲料を扱う会社は数あれど、この会社ほど酒や水やソフトドリンク、そして何よりも文化を愛した企業は他にないと思うのです。

2011年8月10日水曜日

ロンドンの暴動 ― ロンドンは燃えている

ロンドンの暴動に興味を持ってニュースを読んでいます。

僕は移民政策と多文化共生に賛成するひとりだからです。

2011年8月9日火曜日

Amazonアフィリエイトは儲からなくてもわりとひそかな楽しみ

実は、このブログではAmazonアフィリエイトという仕組みを利用して、いわゆるお小遣い稼ぎ的なことをしています。(前にもちょろっと書いたことあるけど)

GoogleのAdsenseも利用しているけれど、今日はAmazonのほうの話です。

お小遣い稼ぎと言っても、正直アフィリエイトで手元に入るのは雀の涙にもならないような額です。

収入としての期待はまるでしていないし、同じように記事を書いて小銭を稼ぐのなら、nanapiとかで記事を書くほうがよほど収入につながったりします。それも最近あまりしてませんが。

なので、Amazonのアフィリエイトをブログに載せたりするのは、ぶっちゃけお金目当てというわけでもないのです。稼いだ分たまるともらえるギフト券は、まあ、嬉しいですけど、貰ったらどうせすぐ使っちゃいますしね。

だから、どちらかというと「読んでいる人の反応」を得るひとつの手段、という意味が大きいです。

アフィリエイトをしていると、紹介した本の何が売れたのか、紹介した本がどれだけクリックされたのか、っていうのを、実はアマゾンさんから教えてもらえるのです。

以前、大好きなcapsuleのニューアルバムを紹介したときも、僕の記事からアルバムをかってくれた人がいたのですが、これはかなり嬉しかったです。好きなモノが売れると嬉しいんですね。

Amazonアフィリエイトの仕組みにはちょっと変わったところがあります。

それは、紹介した商品でなくとも、僕が紹介したAmazonリンクを誰かがクリックしてから24時間以内にAmazonでその人が買い物をした場合、その紹介料ももらえるし、その売り上げ記録も僕に届くってところです。

で、僕のブログでもそういう売上はごくたまに立っていて、まったく僕が紹介したものとは違う、関係ない商品の紹介料とかが入ってきたりもします。

ゲイビデオとかの売上が立ったりしないか……と密かに思ってるんですが、残念ながら今のところそれはないですねー。

ま、いまAmazonからエロビデオ買う人なんかあんまりいなさそうですもんね。

ゲイ動画とかゲイ画像とか、だいたい直接ビデオメーカーのサイトから買えたりするもんね。最近はなんかダウンロード販売とかも増えてるみたいですし。

僕はなんだかんだ本もCDもDVDも、かたちあるもの案外好きだったりもするんです。

が、世の趨勢ですよね。そもそもエロい商品のたぐいはパッケージ商品の場合、けっこう扱いに困ったりします。なので、データのほうがいいって人が多いでしょうね。

Amazonもがんばれ~。(←じつはこのリンクも下のバナーもアフィリエイトです)

2011年7月28日木曜日

スマートゲイのための生命保険信託

先々週のブログ記事でも触れた、生命保険関連の話題です。

前回の記事↓

ライフネット生命への素朴な疑問 #男色系男子

同性パートナーと人生を歩もうとする場合、生命保険をふくめて、現行法の中では様々なところで障害が立ち現れます。

そうした同性愛者向けの保険商品などは今までなかなか作られてきませんでした。しかし、そうした現況に対して、より同性パートナーにとって生きやすい世の中を目指すため、様々な方が様々なところで少しずつ取り組みを続けています。

ひとりごと

ゲイであることはひとつの個性かもしれないが、ゲイであることはすなわち特別なだれかである「ということでは決してない」と僕は最近つくづく感じるのです。

それは大変残念なことです、少なくとも僕にとっては。

ゲイであることによって生まれる感性はあるかもしれないけれど、その感性に強烈な唯一はないのです。悪魔の実でも食べなければ、僕たちは突然変異になどなれない。もはやそれは諦めるしかありません。

いま、ゲイという性質は、僕のなかで、たんなるひとつの識別子として、成り下がりつつあります。わりともう諦めましたが、意外とこれは残念なことです。ひとときはそれをステータスと感じて、それにすがろうかとも思ったのですが、そこに輝かしき個性はありません。

そうであるとわかれば、レアな識別子を生かしつつも、獲得するべきものを目指すしかありません。そのうえで向かい合う価値がはっきりと見えはじめたことだけが救いです。

必要なことは、苦手なものの訓練と技術の研鑽とモチーフの蓄積。

マニアックすぎることを目指すことはやめて、訓練ののちに、僕が目指したいものは、それとなく好きになれてしまう、それとなく列挙されてしまう、たんなる(けれど、光る)ポピュラリティであるように思う最近です。

2011年7月26日火曜日

どのバッハを聴いたのか――サカナクション新曲『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』

サカナクションはエレクトロとギターロックの融合にくわえて、現代文学的、センチメンタリズム的な音楽表現を試みているバンドだという認識です。

ロックやバンドの方面にはうといのもあって、あまり熱心に追いかけてはいないのですが、いちおう好きです。新曲が出ればチェックするくらいには好きです。

今回の新曲『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』も良いですね。

2011年7月25日月曜日

夢のあとの夢をもっているかどうかは結構大事なこと

夢をもつこと。それはとても素敵なことだと、僕は思います。

夢というのは、僕にとっては生きる希望そのものです。

僕がはじめて自分の夢というものを明確に持ったのは小学校三年生のころ。大学進学と同時に、一度はその夢を捨てたものの、いまはまたその小学三年生のころからの夢を思い出し、目標を立てて日々を過ごしています。

僕が叶えたあるひとつの夢の話をします。

2011年7月23日土曜日

好きなクラシック音楽の話 その3

前回、クラシック音楽についての心理的な壁、「教養」について書きました。

同じ主題が次々と装いを変えていく様子を純粋に楽しめばいいのだ、ということが分かるので、「変奏曲」は初心者でも親しみやすい――というような話でした。

初心者はこのように、変奏曲などの「楽しみかたが分かりやすい」曲から入門するのがいいのじゃないか、と僕は考えました。

クラシックの多くは歌詞を持たないので、いったいどういう意図でつくられた曲なのかが分かりにくい楽曲がかなりあります。

まさにそういうところが「クラシック音楽を聞くには教養が必要なのか……」と思わせる一因だと思うのですが、そういう曲ばかりかというとそうというわけでもありません。

そういうことについて調べていると、クラシック音楽の用語に「絶対音楽」「標題音楽」という二種類の分類があることを知りました。

絶対音楽とは「音楽の音楽による音楽のための音楽」とも言われるそうです。何か文学的に別の何かのテーマなどを表現しようとするのではなく、音楽そのものを表現しようとする音楽のことをそう呼びます。

ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲ハ長調」だとか、

ピアノ三重奏曲第一番ニ短調」だとか、

そういう(何も表現していないような)タイトルの曲の多くは「絶対音楽」であることが多いみたいです。

それに対して、音楽外の何かを表現しようとする楽曲のことを、「標題音楽」と言います。

初心者にとって分かりやすいのは圧倒的にこちらの楽曲なのだと思います。


2011年7月21日木曜日

好きなクラシック音楽の話 その2

クラシック音楽の世界には、間違いなく「教養」が大きなものとしてあると僕は思います。

僕はこの「教養」的なものの重視を、あまり否定しようとは思いません。

なにかの知識を踏まえて音楽を聞くことで生まれる「感動」や「心の動き」。そういうものは、音楽に限らず、おそらくどの種類の芸術にも存在します。

究極的に言えば、僕たちは「日本語の文法」を踏まえて、本や歌詞といった言葉に触れるわけで、むしろ、いっさい何の予備知識もなく「感じる」だけの芸術というのは少ない方のはずです。

ですから、作品性に触れて素晴らしさを喜ぶうえで、なんらかの「知識の踏まえ」を要求するタイプの作品を僕は肯定的に捉えています。知識を踏まえて、理解したときの喜びを、音楽ならずとも、あらゆる作品において、僕たちは理解しているはずだと思います。

しかし、クラシックの長大な歴史、重厚な世界観、奏法の技術や演奏の手法の蓄積のうえで、そこに積み上げられた「知識」は、あまりにも膨大です。

たんに「知識」というには膨大すぎます。「教養」、「学識」、「インテリジェンス」、「専門的知識」と呼ばなければならないほどの「踏まえ」を要求されることを、おそらく嫌いに思う人は多いはずです。

そう、そういうのは、うんざりだ。

もっとカジュアルに、シンプルに、ただ聞いて心地良ければいいではないか……。

2011年7月19日火曜日

天才の答え

僕は小学校三年生のときに、

ある天才的な人生の結論に思い至った。

当時、僕は読書の楽しみに目覚めたばかりだったのだけれど、あるときこう思った。



図書館はただで利用出来る。僕は読書が大好きな人間に生まれることができた。

本を読んでいるときの僕は幸せだ。

そしてここにはきっと一生かかっても読みきれないだけの本がある。

僕はつまり死ぬまで幸せを確保できるということに違いない!



実際は、読書の幸福と関係なく、

僕は人間関係や自分の才能に対して泣いたり怒ったりすることもあったけれど、

こうして考えると、小学校三年生のころの僕は天才だったんだなと思う。


好きなクラシック音楽の話 その1

僕は自慢じゃないが、クラシック音楽のにわかファンです。

クラシックいいなあと思い始めたのは中学生の頃で、それもやっぱりインターネットがきっかけでした。

クラシック音楽には著作権が切れているものも多いから、インターネットで音源を入手して聴くことは、多くの場合たやすいです。

盤だとか演奏家だとかそういう細部にこだわりさえしなければ、クラシックは十分楽しんで聞くことができます。

浅~いファンらしく、最初のころよく好んで聴いていたのはベートーヴェンの月光とかラフマニノフのピアノ協奏曲2番とか、耳になじみやすく眠くならない初心者らしい選曲でした。そういう基本は実を言うと今でもそんなに変わっていません。

ご多分にもれず、僕も「のだめカンタービレ」ブームでいっそうクラシックが好きになったひとりです。少女漫画誌の「Kiss」愛読者でもあった僕はこの漫画にいちはやくハマって、これに登場する楽曲を探しては聴いたりしていました。

そういうにわかクラシックファンにとって「良いコンサート」ってやつの敷居はなんとなく高いものだったりします。

2011年7月14日木曜日

ライフネット生命への素朴な疑問

ライフネット生命という生命保険会社があります。



僕は生命保険に自分で加入手続きをしたことはまだないけれど、いつか加入することはあるかもしれません。

僕は脱原発に自分の意見を投じます

日々、この国では原子力発電について様々なことが語られています。

Twitterのタイムラインや政治や経済関連のブログを読んでいると、これでもかというほど侃々諤々の議論がかわされています。

原発推進派、原発維持派、ゆるやかな脱原発派、過激な脱原発派、そのほか様々な立場にたって、多くのひとが原発について語っている。意見を競わせている。

2011年7月13日水曜日

異世界渡りファンタジー、ゼルダの伝説

僕は「異世界渡り」もののファンタジーが大好きです。

「異世界」ファンタジーではなく、「異世界渡り」もののファンタジー。

ある日突然、見知らぬ異世界に迷いこんでしまったり、連れて行かれてしまったり、あるいは転生してしまったり。目が覚めるとそこは異世界だったとか、トンネルをぬけるとそこはふしぎの国でしたとか。

菅首相の進退とオススメの小説5作品(訂正あり)

6月9日に書いた記事の内容について、大幅な修正と意見の変更をします。

僕は現在、菅首相を支持しています。

6月9日に、記事で菅首相の進退についての意見を書いたころは、菅首相が首相として行っていることが、正直見えていませんでした。

菅首相を人格や政治信条的には支持していたものの、

(→過去に書いた別の記事「菅直人総理誕生。HIV/AIDSと関わりの深いゲイにとっての菅氏の存在。 http://htn.to/9Cicbg」を読めば、僕が菅首相の政治信条などを信用していることがわかります)

報道などで来る返し伝えられる政府の頼りなさをみて、菅首相にはこれほどの事態と戦う「能力」まではないんじゃないだろうか……と思っていたのです。

それで、「この未曾有の危機は本当に大変で、復興が思い通りにゆかないこともあるかもしれないけれど、菅首相の個人の資質の問題じゃなくて、そもそもの構造がよくないんだよ。菅首相がふさわしいかどうかは微妙かもしれないけれど、菅首相の個人の資質を責めても始まらないよ」という感じのニュアンスで文章を書きました。

しかし、どうやら菅首相がやっていることが、最近ようやく分かってきたように思います。

復興利権、原発利権、電力利権、震災以降の混乱のなかで、なおもこういった利権を死守しようとする人々が、復興の足止めになっている。首相は人柱になる覚悟で戦っている。

現在の僕は、菅首相の辞任に反対だし、菅首相のような人がこの未曾有の危機において首相でいてくれてよかった、と思っています。

以下の文章は6月9日に書いたものですが、以上のように菅首相を積極的に支持する意見に変わったということを表明しておきます。


2011年7月9日土曜日

大後悔時代の僕

他の人に言わせればどうなのかは、別問題。

けれど、僕に言わせれば、僕の人生はかなり失敗してきた。それで、後悔しているのです。

僕の資質が、このステップを踏まなければならない程度のものだったということなのかもしれないけれど、もっとうまくやれたのではなかったのかと、後悔しているのです。

世の中についてはいろいろとどうにもならないように出来ているけれど、僕の人生は僕が決めてきたものだから、やっぱり後悔はあるのです。

僕は十歳のころの夢を未だに叶えていない。

なぜこんなことを書き始めたのかというと、ふと、考えてみたからなのです。

十歳の僕が今の自分を見たら、どう思うだろう。幻滅するだろうか。

たぶん、すると思う。

けれど、そこで終わりじゃないような気がする。

十余年で、お前は何を間違えたのか、何をしてこなかったのか、何が足りなかったのか、そう聞いてくるんだろうと、思うのです。そして、どうするんだろう。大事なのはなんなんだろう。

やりなおすということに決まっている。

たぶん、多くの日本人がそうだったはずのように、僕は大震災をきっかけにいろいろなことを考えた。

僕が考えさせられたのは、大震災そのものというよりも、大震災をきっかけに見えてきた「僕が知っている世界」と「僕が知っていない世界」の境目みたいなもののことだった。

それがみえたのは「ひとりのひとが捉えている世界は、この広い世界のたった一部でしかない」という単純な事実を、この大震災を機に、なんども突きつけられたような気がしたからでした。

僕は震災をきっかけに、むしろ、もう一度、つよい希望を持って生きるようになった気がするのです。

多くの死や悲しみをうんだ大災害で、まるで無被害だった僕が、のうのうと希望を獲得するなんて、納得がいかないかもしれないけれど。

でも。

僕は、自分の知っている場所だけが世界なんじゃないって、そう考えるようになったのです。

もちろん僕は多様性という言葉を知っているから、人と自分が違う場所で生きていることを知ってはいたのですが、僕が今回得た考え方は、それとはなにか違う感覚です。

夢を叶えた二十四歳が、平行世界にはいるのかもしれない――そういう、考え。つまり、僕にはそこへたどり着く手段があったはずで、それはいまからでも検証可能だってこと。

自分が選ばなかった世界が、今からでもみつけられるかもしれない、と。

うまくいえないけれど、人の生き方は選択の積み重ねで、それは。

それは、考えなおしたり振り返ったりして、それまでにない「一手」を打つことも可能なように、出来ているんじゃないだろうかと。

年を取ることは、打つ手を失っていくことだと、誰かがいっていたけれど、自分が「打ってこなかった手」がなにか、知ることは多分出来る。

世界は息苦しいほど狭くない、と思う。

「打って出なかった世界をみつけたい」と、最近の僕は、目指しております。

2011年7月7日木曜日

男色系短歌

実は、一時期の僕は短歌にすごくハマっていたのです。

そのころ大学でも短歌の授業をとっていて、授業でも短歌を発表したりしていました。

これは余談なのですが、そのころ同じクラスで僕の短歌を読んでくれていたクラスメイトが実はゲイで、偶然が重なって、今も仲良くしています。僕が一時期勤めていた渋谷のゲイバーにも飲みに来てくれていて。

そのころの僕は、その短歌の発表の場で、自分がゲイであることを言っていませんでしたが、別に隠しているつもりではありませんでした。

その短歌には、わからないかもしれないけれど、ちゃんと、自分の気持を、よんでいました。

実は久しぶりに昔のその短歌を読み返すきっかけがあったので、今日ははずかしながらその一部を、ブログで紹介してみようと思います。

ダイエット

どうやったら痩せれるんだろう? ついでに筋肉もつけたい!

実家に引っ込んだのをきっかけにダイエットをはじめた俺。

なんと、最初の一ヶ月でぐぐーんと10kg弱の減量に成功したので「これはいけるぜ」と思っていたんです。

……が。

2011年6月28日火曜日

中田ヤスタカの音の世界、その共有性と支配性

注意:今日の記事はまたcapsuleファンの熱弁です。勝手な持論で熱く語るので、苦笑いしながら読んでください。

2011年6月27日月曜日

ゲイであることに向きあうようになった真夏の夜

今日はゲイであることに向きあうようになったきっかけの話を書こうと思います。

そのころ、俺は夏の短期バイトに精を出していました。

働いていたのは、とある大規模な海の家。じりじりと肌を焼く太陽の下。俺はスピーカーを使ってお客さんを誘導したり、空き缶やビニール袋といったゴミを拾い集めたりといった作業を炎天下でやっていました。

あまりの暑さでやられてはいけないので、仕事は短時間の交代制。

三人のチームを組んで、交代で仕事。

しかし、俺が組むことになっていた相手が、問題でした。

2011年6月23日木曜日

否定に否定を重ねてもそれは肯定

何かを批判するということ、何かに反対するということ。

それは実に、こっけいなふるまいだと僕は思うのです。こっけいだから悪いというのではありません。ただ、言葉と結果を頻繁に取りちがえる、そういう振る舞いだと、僕は思います。

どういうことか?

2011年6月22日水曜日

電子書籍と紙の本

夜遅くまでパソコンをいじっていると、眠れません。まあ、当然です。パソコンの液晶画面は光を放っていますから、すなわち両目から思いきり明かりを取りいれているわけです。

でも、僕には悪癖があるのです。

それは、誰かとしゃべっているときと何かを食べている時以外は、何かを読んでいたい(あるいは観ていたい)、というものです。インターネットで文章を読むのがいちばん手軽なので、つい、布団に入ると寝転がって、モバイルPCをいじってしまいます。

最近は電子書籍という便利なものがあるので、ネットにつなげばディスプレイで本まで読めてしまいます。最近のウェブマガジンとかは充実しているので、それもまた魅力的です。

が、それがよくないのです。

パソコンをいじっていると、ついつい夜更かしをしてしまうので、紙の本になるべく切り替えることにします。しかし、紙の本には限りがあるので、つまらなければ別の本、といったようにサクサクと切り替えるのが難しいです。ですから、なるべく多くの本を寝床に持っていく必要があるなと思います。

2011年6月20日月曜日

とりあたま

僕は非常に忘れっぽい性格で、彼氏からはよくそのことで不評を買うのです。

今日もケータイの電源をずうっと入れ忘れていたし、図書館に行ったら今日は休館日だってことも忘れていました。しかたがないので、今日は少し規模の小さい別の図書館でヒマを潰しています。

彼氏はネガティブな感情をコントロールするのが下手なタイプなので、態度にすぐ現れます。しかし、僕が東京にいた時ならばともかく、遠距離になってからは、態度とかに気づくのも遅く、気がつくと彼氏はかなり不満モードになっています。

2011年6月17日金曜日

長谷部選手の「心を整える。」

テレビの「金スマ」という番組を母が見ていたので、一緒になってみてみました。そこで、サッカーの長谷部選手が取り上げられているのを見ました。

僕はサッカーに詳しくありません。この選手のことも今日はじめて知りました。でも、この選手の考え方を聞いて「かっこいいな!」と思いました。

  • A「成功だけを信じて頑張る」
  • B「最悪の事態を想定しておく」

このふたつのうち、長谷部選手はどちらを選ぶか――。

2011年6月16日木曜日

ちくしょう

幸せをひとつのかごに盛ることはリスキーだ、と僕は考えています。

この考えかたは、特に目新しいものではないと思います。

仕事や趣味、恋愛や家族、健康や好奇心、多くの分野に幸福の目盛りがあると思うのですが、どれかひとつにだけ心血を注ぐことは、結果的に全体のバランスを崩し、すべてを台無しにしてしまう可能性が高い行為だと思います。

でも、でも。

そのことをちゃんとわきまえた上で、それでもどうしても成し遂げたい、あきらめたくない、そういう種類の幸福――この場合は、夢と言っていいかもしれない――そういうものに出会うことが、この世の中には、確実にあると思います。

夢は諦めなければ叶う。

その言葉を、信じられる人間だろうか?

その言葉を、信じることが出来る人生を、自分は授かっているだろうか?

こういうこと、考えたこと、ありますか? 僕は、あります。

天才ってのに、できれば生まれたかったけど、負けてたまるかっていう。

ちくしょう。

2011年6月15日水曜日

2011年6月8日水曜日

1991年のプライベート・マイ・ライフ

作家の伏見憲明さんが「プライベート・ゲイ・ライフ」を上梓されてから、20周年だそうです。おめでとうございます。

2011年6月4日土曜日

清涼院流水という作家はホントマジでもうなんなん

佐賀に帰省してから、結構久しぶりに、ずいぶん昔に読んだ懐かしい本などを読んでます。

2011年6月2日木曜日

311以降の日本は多様化が進むと思う

311以降考えていたのですが、たぶん地方の時代が来るんじゃないかなーと、漠然と思っています。

2011年6月1日水曜日

地元に戻ってからの近況報告

地元に戻ってから何をしているかというと、とにかく母と過ごす時間が増えました。

2011年5月27日金曜日

謎だなんて思わない、さよならポニーテール

友達がtwitterで紹介していたので、「さよならポニーテール」という音楽ユニットの存在を知りました。いや、これは音楽ユニットなのか? なんと表現するのがいいんだろう?

2011年5月26日木曜日

僕が信じる僕を信じる

中田ヤスタカが大好きです。常日頃から言っていることですが、繰り返し大好きです。音楽的にも最高に大好きなのですが、表現者としての姿勢も含めて、とても大好きなのです。

2011年5月18日水曜日

ナイトドライブで聴きたいcapsuleニューアルバム「WORLD OF FANTASY」

音楽用語の定義は、ときにあやふやです。正確に言い表すのは難しいのですが、僕は中学生くらいのころから、エレクトロやテクノといった、いわゆる電子音楽のファンです。

2011年5月17日火曜日

図書館へ

書店と図書館の楽しみは違う。買うと借りるの違いではなく、本との出会いがまるで違うのだと、僕は思うのです。

2011年4月9日土曜日

眠りのおもいで

僕はある一面だけで言えば、わりと「耐性」が強い。そう思うことがあるのです。

2011年4月6日水曜日

お酒のことを勉強するよその3:ラム酒を飲み分けてみたいです

実は、ラム酒がさとうきびから出来ているのだということを知ったのは、Shibuya246で働き始めてからのこと。めっちゃつい最近なのです。これってもしかして常識でした? 知らずに24年間生きてまいりました……。お客さんから教えていただきました。

2011年4月4日月曜日

子どもを持てなくても

ゲイとシングルマザーの会というのを結成しておりまして。発足したのが昨年の九月頃だったかな。年齢層は上から下まで。

2011年4月1日金曜日

お酒のことを勉強するよその2:エリクサーを飲みたい

エリクサー。ファイナルファンタジーをプレイしたことがある人なら、ご存知、エリクサー。まあ、僕はずーっとドラクエ派だったのですが。

2011年3月30日水曜日

お酒のことを勉強するよその1:ボンベイ・サファイアをロックで

ゲイバーのスタッフとして働き始めた僕なのですが、実はまだお酒のことにあんまり詳しくないんです。

2011年3月7日月曜日

2011年3月2日水曜日

都条例から考える ~ 公共の福祉か、商売か

青少年健全育成条例が話題になった「都条例」。僕は反対の立場です。

僕は、表現などの問題というよりも、どちらかというとこの条例を「商売」の面からいろいろ考えていたりしました。


NCNという新しいジャーナリズムの萌芽、村井七緒子というひとりの記者について

先日紹介した2011年も個人的に注目しつづけたいネットメディアの発信のかたち37選という記事で、ニコニコニュースをあげました。

今回はそのニコニコニュースで、独自の記事を配信しているNCNという新興メディアの話をしたいと思います。


2011年2月11日金曜日

蓮舫さんを支持します 依存者は蓄積から自立を目指す

今年の4月に近付いている第17回統一地方選挙。おそらく最も注目を集めているのは東京都知事選ですね。僕は出馬が噂されている人物の中では、蓮舫さんを強く支持しています。

2011年2月8日火曜日

先を生きてる大人たち、味方宣言しませんか。

歌川たいじさんという漫画ブログを書いているゲイのブロガーさんがいます。漫画ブログは集英社から1冊、それからチャリティでも1冊、本になっているので、ブロガーさんというよりは漫画家さんといっていいのかな?

2011年1月31日月曜日

僕はそれでもたのしく遊んでいてよかった

ここ数日、僕はレポートの提出ミスと、僕自身の不注意と怠惰によって、大学の卒業を危ぶまれていました。

2011年1月18日火曜日

2011年1月16日日曜日

板野友美とソーシャル・ネットワーク "Facebook"

フェイスブックは日本に上陸するのか、しないのか、各所で様々な考察が行われています。

フェイスブックを題材にとった映画「ソーシャル・ネットワーク」が日本でも公開され、各所で「そろそろフェイスブックが来るのではないか」といったようなささやきが聞こえてきています。


2011年1月9日日曜日

インド、イギリス、日本、そしてタイにひろがるカレーというフードビジネス

カレーライスはイギリスから日本に伝わったものです。明治時代のことです。

カレーのルーツといえばインドだと考えられています。確かにそれは間違いではありません。でも、イギリスから日本に伝えられたそれは別物。すでにインドの「カリ」とは似ても似つかぬものになっていたそうです。


2011年1月6日木曜日

人類滅亡すればいいって思ってました。

2000年に生まれた赤ちゃんも11歳になってしまって、いまや2011年。

ということは、このブログを読んでくださっているかたには「あれ」を知らない人もいるかもしれません。ノストラダムス。何歳ぐらいから知らないんですかね。


2011年1月5日水曜日

世界の五大健康食品

世界の三大珍味がキャビア、フォアグラ、トリュフであることはよく知られています。


2011年1月4日火曜日

習慣としてのWikipedia

インターネットでの情報収集を日課にしているというひと。そういうかたは、おそらくたくさんおられると思います。


2011年1月3日月曜日

2011年も個人的に注目しつづけたいネットメディアの発信のかたち37選

新聞や雑誌の売上が低迷するなか、今後のネットメディアはどうなっていくのか。

ビジネスモデルの構築が難しいと言われるネットメディア。その「発信のかたち」にフォーカスを当ててみたいと思います。