2011年1月18日火曜日

手の届く場所にきた二十歳

つい先日、成人の日でしたね。今日は二十歳のころの話をします。


僕にとって、成人式は特に面白いものではありませんでした。同級生と久しぶりに顔を合わせ、成人式はほとんど同窓会のようでした。それ自体は普通に楽しみました。ただ、僕にとって同級生は長い付き合いをはぐくんでいく友人ではなかったんです。

同級生の中にいまでも仲良くしている人はいます。けれど、そういう友だちとは、成人式とかかわりのないところで交流をもっていました。成人式は、疎遠だった同級生、そしてこれからも疎遠な同級生との再会でした。

なにか面白い成長をとげた人がいるかもしれない――という淡い期待も持っていました。けれど、期待はずれでした。まったくいなかったか、僕にはわからなかったかのどちらかでした。みな、普通の大学生か、普通のフリーターか、普通の社会人に見えました。

僕にとっての二十歳の思い出は、地元で行われた成人式よりも、東京で過ごした誕生日のことです。

僕は二十歳になった日を、ひとりきりで過ごしました。その日のことはよく覚えています。

ようやく二十歳を迎えようかと誕生日がせまり、僕は悩みました。二十歳という節目を、僕はどのように過ごしたらいいだろうかと。一生に一度しかないその日を、なんとかして特別なものにしたいと、僕はあれこれ頭を悩ませました。

そのころの僕の友人関係は粗雑でした。二十歳の日をそのなかの誰かに知らせ、祝ってもらうことも考えましたが、やめました。僕はそういう「特別な日」を大事にするタイプの人間で、一生に一度しかないその日を、一緒に過ごす人を選べなかったのです。

悩みぬいた挙句、その日の朝、僕は明治神宮に向かいました。

僕が中学生のころ、とても好きだったミステリ小説がありました。その本の最初の舞台が、明治神宮だったのです(どの本か分かる人はいるだろうか)。

朝の明治神宮の空気は、透き通っている感じがしました。その朝の空気は冷たく低湿でした。にびたような色合いのくすんだ青が上空に立ち込めていました。都会の森のなかで、僕の心には、そこがどこか神聖な場所のように受け止められました。

なぜ、その場所を選んだのか。

それは「手の届く場所に来たのだ」ということを実感するためでした。

僕はそれまで明治神宮という場所を、そのミステリの小説の文章でしか知りませんでした。想像し、思いを巡らせることでしか、明治神宮を知らなかったのです。



明治神宮で、絵馬を書き、おみくじを引きました。参拝前に手を清める場所――手水(ちょうず)というのだそうですが、ひしゃくで手を洗いました。ひやりとした感覚は、いまでも思い出せるかのようです。その冷たさに、鮮烈さを感じた記憶があります。

文章でしか知らなかった世界。僕は、自らの手でその温度を知り、自らの肌でその空気を知り、そして感じていました。「僕は、手の届く場所に来たのか」

あこがれて東京という土地に来て、親元を離れ、自分の人生を決めていくことが出来る、そういう自分をかみしめました。

(十歳の頃、十四歳の頃、十七歳の頃、文章でしか、想像でしか届かなかった世界に、いま僕はいるのか)

明治神宮だけではなく、僕はその日、東京の土地のいろいろなところをまわりました。それは、僕が思春期のころ、文章でしか知らなかった場所をめぐる旅でした。

出版社や駅やちいさな雑貨屋や映画館。

実は新宿2丁目にも、向かいました。そのときの僕はまだゲイであることを周囲に隠しながら生きていて、新宿2丁目にもいったことがありませんでした。

そこがどういう場所だかまるで見当も付いていなかった僕は、昼間の新宿2丁目を歩いて、あっけにとられました。

僕の想像とはまるで違ったからです。

昼間の2丁目を歩く――というのがそもそものチョイスミスでもあったのですが、少しがっかりしたのを覚えています。

人があまりおらず、バーらしきお店がどうやらはいっているらしいビルが立ち並び、僕にはそのときそこが特別な場所のようには思えませんでした。

ただそこで、ふたりで歩く男性たちをみつけることができました。

僕もいまならゲイが2丁目で二人組で歩いていたって、それが必ずしもカップルではないことくらい心得ています。

けれど、そのときの僕には彼らがカップルのように見えたのです。

(ああ、新宿2丁目を歩くゲイのカップルがいる――)

思えば遠くへ来たもんだ、なんてフレーズがありますが、まさにそのときの僕の心境。

文章でしか、想像でしか、触れられなかった世界に、そうやって直にふれられるときがきたのだ。

その強烈な記憶を焼きつけて、僕は二十歳になったのでした。