2011年1月31日月曜日

僕はそれでもたのしく遊んでいてよかった

ここ数日、僕はレポートの提出ミスと、僕自身の不注意と怠惰によって、大学の卒業を危ぶまれていました。

僕は今年度、大学6年生という立場を迎えていました。つまり2年の留年です。この2年分の留年の理由については、それなりに長くなるのでここでは話しません。けれど、今年こそは卒業を予定していました。

しかし、卒業がかなわないということが、つい先日決まりました。

すでに2年間の留年で相当のタイムロスと金銭的ロスを背負っていた僕にとって、今年度の「卒業不可」という決定は、重いものでした。

昨年と一昨年に、すでに留年を経験していましたが、そのときとは違います。そのときの僕にとって留年は必要なものでした。社会にでる前に済ませておきたい経験や、片付けておきたい問題がありました。

そしてそれらの経験を積み、問題を解き、僕は今年の卒業を予定していました。

卒業不可。

数週間前からその危機は迫っていて、覚悟しなければならないことを僕は知っていました。2月から開始する新しいアルバイト先にはそれを伝えていました。僕の中でもそれは理解できていたはずのことでした。

しかし、実際にその決定が確実なものとなったとき、思いのほか、僕は混乱し、迷いました。退学と留年というふたつの選択肢の前で、立ち往生しました。そこには金銭的な問題と、人間関係の問題と、自由と不自由の問題がありました。

母からの援助に対する申し訳なさ。経済的に自立できない自分への不甲斐なさ。今後半年の生活に対する経済的な不安。これ以上社会にでる時間が遅れることへの不安。具体的に書ける内容ではない問題もあわせて、僕の混乱はふくらみました。

決定は決定でした。なにをすべきかは、冷静に判断すれば判断できることでした。結論を先に言えば、僕は留年を決定しました。経済的な負担は重いものでした。けれど、退学するほうがそのロスはもっと激しい。

母との対話。自分がどれだけ家族に負担を強いているか、自覚を迫られる時間でした。母にはありがたい思いを持つ一方、顔向けできない、逃げてしまいたい思いが強かった。僕の連絡の回数はひどくへっていました。

今回のことは、反省と反省と反省が、僕の結論です。

けれど、それらの反省をひっペがえすように、この2年間の自分の生きかたに感謝することがありました。

留年することにはなったけれど、僕はこの2年間の自分の生きかたには、本当に価値があった。そう確信して、言うことが出来ます。

ブログで自分の考えかたを記事にすることを続け、twitterやFacebookで新しいひとと交流し、ゲイたちが集まる場所に通って、自分と一緒にこれからも生きていく人たちとの交流をつづけて――つまりそうやって遊んで、

その結果、僕は「たのしく遊んでいてよかった」と思っています。

僕は、大学卒業が出来ないことが決まり、冷静な判断をくださず、ほとんど自暴自棄に退学しようかと、ヤケ気味にツイートしました。

僕の大事な人たちは、数人、僕の混乱に気づいてくれました。

僕の彼は僕以上に心配し重く受け止めてくれて、僕のほうが冷静に「大丈夫だよ」と笑って対応しました。不思議とあっけらかんと対応することが出来ました。

それから僕と親しくしているカップルは、家に僕を招いてくれました。ひとりでその問題を悩むことになっていたら、確かにきっと僕は本当にしんどかった。それは本当に助けになりました。

ここに詳しく書くことはしないけれど、本当に感謝しきれないくらいの提案も申し出てもらって、救われました。本当に、救われました。

それでも帰宅してからはまた、落ち着かない気分がとまらなくて、ツイッターに愚痴のようなつぶやきを連投したら、たくさんのひとからリプライがきました。

ひとつひとつ返事ができなかったけれど、とてもありがたい言葉をいくつももらいました。

「たのしく遊んでいてよかった」。

そう思いました。

今年度の卒業はできないことになって、経済的にもきつい思いをすることになって、それでも僕はたのしく遊んでいてよかった。金がなくても飲みに行ったりしてよかった。そう思います。

そんなことを言うと、反感を覚えるかもしれない。

けれど、たのしく遊んでいなかったら、僕はきっと潰れていました。

たのしく遊んでいて本当によかった。

ブログ書いたり、飲みに行ったり、恋愛したり、オールで遊んだり「客観的にはいま自分に必要ではないこと」もたくさん遊んできてよかった。

僕は、明日から新しい仕事をします。心機一転。

過ぎたことはもう仕方ない。新しい仕事と新しい生きる道に向かってちゃんと歩き出すことにします。アルバイトとはいえ、きっと自分のキャリアになる仕事です。

やっぱりこれからもたのしく遊んで、だけどこれからはプラスもうちょっと真面目に学校行ったり仕事したり生活したりしよう。

その結論に辿りつけました。失敗だらけで、面倒事ひきおこしたりしても、僕はそれでも楽しく遊んでいてよかった。