2011年1月4日火曜日

習慣としてのWikipedia

インターネットでの情報収集を日課にしているというひと。そういうかたは、おそらくたくさんおられると思います。


ソーシャル・ブックマークやRSSリーダー、SNSや各種ニュースサイト、まとめサイト。そういったツールやサービスを活用し、その日のニュースや話題などをチェック。そこから仕事やプライベートの拡充につとめておられる。そういうかた、たくさんおられるとおもいます。

確かに、とても情報収集の上手なかたであれば、質のよい読みものや記事を効率よく集め、自身の成長にいかすことができるでしょう。

でも、僕自身は、どうにもニュースサイトやブックマーク巡りでは、あまり僕の方法が良くないのか、なんというか、環境の良くない状況が続くようになってきました。

スキャンダラスなニュースやヒートアップしている議論、ブックマークが集まるライフハック、政治経済の議論や皮肉、ためになるオピニオンブログ、そういったものを読むことは、確かに「世の中の考えかたに追いついていく」ことにはつながります。

けれど、どうにも自分自身の人生や生活、そこに膨らむことばに、面白みを増やしていくこと。そういう方向とは、これはどうにも違う手段なのではないか。そう思えてきたのです。

そこで「自分の発想をひろげる、そういう読みものを定期的に読みたい」と考え、たどり着いたのが、Wikipediaでした。

Wikipediaのトップページをひろげると、「新着記事」や「強化記事」、「今日は何の日」といったコンテンツが更新されています。

これを毎日チェックし、ふたつみっつと、しっかり記事を読んでいくこと。

書いている内容は、決してとても専門的な内容ばかりではなく、実は一般常識ではないかと思うような基礎的な基本知識であったりします。

けれど、僕にとってはこれがとても重要だということに気づきました。教育の中で僕がちゃんと自分の血や肉としてこなかった、身につけてこなかった知識がふんだんにもりこまれているのです。

たとえば、産業革命というのがイギリスで巻き起こった工業の革命だというのは、ぼんやりと記憶しています。しかし、そこに地下水の処理方法や製鉄技術の改良がもたらした都市の変化が密接に絡んでいることを、僕はいままでまなべていませんでした。ビジネスモデルと社会状況のかかわりかたのかたちを考えるにあたって、よい参考になる歴史です。

まるでお勉強のようですが、しかし、ゆたかな知識に触れる感覚が、楽しくて、あまり勉強のようなつらいかんじはありません。

すぐに役立つことはあまりないかもしれません。しかし、こういう引き出しの知識を脳に編みこんでいくことが、これからの僕には必要かもしれない。

そう考えるようになって、僕は「習慣としてのWikipedia」を続けることにしました。これは毎朝、新聞を読むような感覚です。

そのうち、ジミー・ウェールズの緊急のお願いにも寄付でお返ししなくてはと思うほど、続けていきたいなと思います。