2011年2月11日金曜日

蓮舫さんを支持します 依存者は蓄積から自立を目指す

今年の4月に近付いている第17回統一地方選挙。おそらく最も注目を集めているのは東京都知事選ですね。僕は出馬が噂されている人物の中では、蓮舫さんを強く支持しています。


出馬はまだ確定していませんけどね。出馬に強く期待しているというわけではなく、現在のお仕事をさらに進めていただくという方向でも、彼女が政府のなかで最も力を発揮できる方向で取り組みを続けていただきたいと思っています。

僕は蓮舫さんの著書も読みました。

彼女の考えかたは至極まっとうです。行政刷新担当として彼女は事業仕分けに臨みました。そこで彼女が行った仕事は、評価すべきことばかりだと考えています。

僕には何故彼女をバッシングするひとが後を絶たないのか、理解出来ません。……というのは嘘です。蓮舫さんが活躍することによって、過ぎた贅沢ができなくなるという人は確実にいるからです。そういうひとにとっては、蓮舫さんは敵のように映るでしょう。

僕が彼女の姿勢の中で最も共感できたのは、官主導から民主導への切り替えを説く中で「中央集権国家、官僚主導に意味があった」と前置きをしているところです。
(略)何もない、荒れ野原になった戦後の日本から、国土の均等な発展、国力の回復をするために、右向け右で北海道から九州、そして1972年以降沖縄も含めて、一体として開発をしてきたときには、官主導でよかったんです。大きな力のある団体にお金を投じることによって、平等に地域を、あるいは家計を潤わせてきた。でも、これから先はこのやりかたではいけない。このやりかたをして、私たちが学んだことはなにか。


なお、この書籍については、Amazonのレビューよりもブクログのレビューの方が信頼性が高いと思います。Amazonのレビューの多くはバッシングのためのバッシングで、書籍のレビューになっていないからです。あきらかに未読のレビュアーもいます。

本書からは、蓮舫さんが「支援」することの意味を十分に理解していることが読み取れます。

蓮舫さんはしばしば誤ったイメージをもたれます。それは、この著書のタイトルにもなり、かつ彼女の代名詞的な発言として繰り返し報道された「一番じゃなきゃダメですか?」という発言からも導かれるイメージです。

科学技術や災害支援といった、公的資金をつかう事業の理念を理解していない、そういった事業を「支援」することの重要性を把握していない、というイメージです。

それは誤りです。

むしろ理念は共有しているからこそ、その理念のために、出来る事業の効率化を図ろうとしているわけです。そしてカットした予算から、さらに支援の足りていない若い取り組みへの支援を計画しているのです。

支援は手段として必要です。そして「依存」も必要です。

事業の理念や意義を理解出来ない馬鹿者だという批判には、繰り返し蓮舫さんは答えています。それを無視して事業の理念や意義を説かれるのは、感情的にはわかるのです。しかし、プロセスとしてなんともったいないことをしているのだろうと思います。

支援の継続が「互恵」を目指そうとしない「依存」をあちらこちらに生んでいるのが現在です。そこから自立できるものは自立させ、効率化できるものは効率化させ、腐敗が進んでいるものに対しては組み直しを行わなければならないでしょう。

「依存」そのものは単純悪ではないと僕は考えます。

依存は、必要なときには必要なことであり、仕方のないときには仕方のないことです。依存できる余裕そのものこそが事業の目的となる場合もあります。支援を必要とし、支援がなければ立ちゆかなくなるような状態を依存と呼ぶのなら、依存は経路としてあって当たり前のことだと僕は考えます。

依存に対する優しさ、寛容さを、社会に対して求めたいという人は多いであろうと思います。未熟さが肯定されない社会は、生きづらいものです。

しかしそれを肯定するためにこそ、社会が良好な状態で運営されることが目指されます。すなわちそれが依存の転換であり、依存から自立へ、自立から互恵へのステップです。

自立の前には支援と依存があり、そして自立のすぐあとには互恵があらわれます。互恵こそがあらゆることにおける良好な状態だと僕は考えます。互恵を見据えるからこそ自立は目指されるものだと考えていますし、その自立の前にある支援と依存は必要なものです。

蓮舫さんはこの順番を履き違えていません。

僕はいまあらゆるものに一方的に依存しています。公共のあらゆるシステムにはじまり、家族の支援、奨学金、様々なものに助けられて生きています。周囲に依存して生きています。

その僕に必要なのは、「互恵」の状態にもっていくことを見据えて「自立」を目指すことだと蓮舫さんの姿勢から学びました。より深い「依存」を求めることは多分悪ではありません。なぜならばそこから「互恵」も生まれるものだからです。

有形無形のかたちで「自立」と「互恵」を目指していきたい。

「依存」の段階から「自立」を目指す姿勢とはなにか。

それは「蓄積」なのだ、と僕は考えています。すぐにでも厳しい環境でということではなく、依存と余裕の中で力を蓄積していくということです。