2011年4月9日土曜日

眠りのおもいで

僕はある一面だけで言えば、わりと「耐性」が強い。そう思うことがあるのです。

ほかの人であれば、そんなことは耐えられない、嫌だ、と思うような状況を僕は許すことができるのです。

実は都合のいい言い換えであって、単にものぐさであるというだけの話なのですが。

率直に書くと、僕はだいたいの場所で眠ることができます。

一番ひどい場所で寝たのは、新宿歌舞伎町のコマ劇場前。

ホームレスのひとたちに混じってコンクリートの上で寝たときのこと。しかもこのときは、ことのほか、ひどかった。朝、目覚めると、警察を呼んだほうがいいのではないかというくらいの喧嘩沙汰が起きていたのでした。慌てた僕は、そそくさとその場をあとにして、駅へと向かい、始発の電車でまた寝たのでした。

人生の三分の一を寝て過ごすといいます。だから、寝る場所にはこだわるべきなのだと聞きます。

寝具の会社の宣伝に限らず、たぶん多くの人はこの言葉に頷くのでしょう。どこでも寝れると僕が言うと、決まってほとんどの人がありえないという反応をするからです。若いからそうなのだと、年上の人からはよく言われますが、果たしてそうか、という思いもします。個人的には、もう十年くらいは、この感じが続くような気がしています。

いつでもどこでも寝れるというのは、昔からそうだったというわけではないように思います。僕の幼少の頃の記憶で、鮮明なもののひとつに、布団があるからです。

僕が中学生になる途中まで、僕と僕の家族はマンションの二階の部屋に住んでいました。東京のアパート事情から考えると、広く思える間取りです。ですが、地方で言えばむしろ手狭なほうであっただろうと思います。

僕と弟の部屋は、成長と共に変化しました。もともと僕と弟は二つの部屋を共有していました。二人の勉強机がある部屋と、二人の二段ベッドがある部屋でした。

成長と共に、僕と弟の部屋はわかれることになります。勉強机のあった部屋は僕のものとなり、ベッドのあった部屋は弟のものとなります。二段ベッドの上下どちらで眠るか、弟と僕の間ではしばしば寝床をめぐって戦争が起きたものでした。そうして部屋そのものが分割されたことによって、戦争は終結を迎えたのです。

けれど実は、僕と弟の戦争がもっとも白熱したのは、寝床の取り合いではなく、布団の取り合いだったのです。

僕の実家は九州です。東京も蒸し風呂のように暑いですが、九州のじりじりと肌を焼くような暑さもつらいものです。

夏になると僕らは畳の部屋に布団をならべて敷いて寝ました。ベランダに面したその部屋は、ベランダの扉を開けると、風の通り道になるのです。もちろん、蚊が入ってこないように、網戸を閉じ、蚊取り線香をつけて寝ます。

ここまで書くと、あの電気式の蚊取り線香の独特の匂いが、今でも思い出せます。

熱帯夜、僕ら兄弟はいかに心地良い寝床を確保できるかに心血を注ぎました。少しでもひんやりとする寝床を求めて、ごろごろと横になって姿勢を変えながら、うだるような暑さとひやりとした風のなかで、いつの間にか眠りにつくのが日常でした。

僕ら二人には、同じような寝具がそれぞれ与えられていたのですが、あるときから僕ら兄弟はひとつの掛け布団をめぐって争い始めます。とても薄く安っぽい掛け布団でした。同じようなものがふたつ与えられていましたが、そのうちのひとつを僕らは「パラパラのおふとん」と呼んだのでした。

ふたつの布団はほとんど同じでとても似ていましたが、そのうちのひとつが「パラパラのおふとん」です。なんとなく「パラパラ」としている。僕らはあるときから、どうもその布団の方が寝心地が良く、その布団を手にしたほうがよく眠れるというジンクスに、ほとんど同時に気付き始めました。

そして取り合いです。先に寝床に入ったほうが、その布団を手にしている。相手が気を逸らした間に、取り替えておく。親からすれば、どちらも同じ布団です。実際、ほとんど差などありませんでした。たぶん、僕らの思い込みもつよかったのだと思います。けれど、僕らはそれをめぐって、しばしば戦争をしました。

寝床と布団を争ったころから十年以上がたって、今ではどこでも眠れる大人に育ちました。ひとりぐらしでは誰も咎める人がいないので、睡眠環境は悪化する一方です。

ひとりぐらしのアパートにはベッドがなく、床に布団を敷いています。が、ものぐさな僕は、その布団すらしかずに眠ることがあります。寒さや暑さにあわせて上着を着込んでから、そのまま床で寝るのです。枕は高いほうが心地良い性分なのですが、使っている枕がうすっぺらいので、その下に手近な本を重ねて寝たりしています。

最近は週末など彼氏宅で眠ることが多いので、たまに、まともにベッドで眠ることもあります。それでも彼に言わせれば、僕の眠り方は「ひどい」のヒトコトだと思います。まず、睡眠の周期がまったく整っていないので、平気で徹夜もするし、休日は一日中寝たりもするからです。

けれど、彼と布団を取りあうように眠りにつくと、ただそのときの寝心地だけを考えて、布団を取り合うようにして眠っていた熱帯夜を思い出すのです。充実した眠りがあの頃にはあったなあと。

小さな頃には「まくらがえし」という妖怪のことを僕はよく考えていました。眠っていると、その妖怪が僕の枕をひっくり返すのです。寝ているときには、魂が枕の中に入っていて、ひっくりかえすと、妖怪が魂を夢の異世界へとつれていくのです。

いまではほとんど、眠るときに夢なんて見ません。けれど、ちいさいときのころの僕は、ほんとうにたくさんの夢をみる子どもでした。いまでもその夢の多くを思い出すことができます。

名前を奪われてしまう夢や、誘拐犯におつかいに行かされる夢。いちばん怖かった夢は、いまでも説明できるけど、支離滅裂で、おはなしにならないような夢でした。