2011年5月17日火曜日

図書館へ

書店と図書館の楽しみは違う。買うと借りるの違いではなく、本との出会いがまるで違うのだと、僕は思うのです。

東京から遠く離れて、地元九州に来た僕の楽しみのひとつが、読書です。

図書館に、通っています。週に少なくとも一度は、あるいはそれ以上に。グーグルマップで測ったら、家からの距離は3km。どれかのバスに乗って、もしくは徒歩で、図書館に通っています。

都会の本屋では――働いたこともあるのでわかるのですが――古い本はたとえ良い本でも、ほとんどありません。あるいにはあるのですが、分かりやすく出会えないのです。ベストセラーは山積みになっているけれど、多くの本好きは、あの山積みにうんざりしているのではないかと思っています。

都会には中古書店もたくさんあります。けれど、ここでは、並べ方も雑で、そしてなにより玉石混交すぎて、思わぬ出会いはほとんど見つけられません。

とはいえ、書店にも良いところがたくさんあります。

けれど、最近の僕は、中高生のころによく通っていた、地元の図書館がとても楽しいのです。

図書館の良いところは、すべての本の整理のされ方です。図書館は売れ筋の本を書店ほどには特別扱いしません。新刊も、旧刊も、おしなべて一冊ずつ、仲間はずれさせずに、並べています。

すると、あまり目が狂いません。

目立つ本と目立たない本にわけられない書棚は、ただ背表紙のタイトルだけで閲覧者にいどみます。新しいかそうでないか、おすすめかそうでないか、それはそこでは重んじられない。

五十音順にならべられた作家たち、分厚い郷土史料、中近東の文学、わずかに黒ずんだ古い本の背表紙、きちきちに詰められた最下段の書架。閲覧者が、自分の足でめぐり、自分で探すのです。そうして、それとなくさりげないかたちで、本に出会うことができるのです。

図書館には悪いところもあります。

図書館は、著者にとってはとても腹立たしいところだろうと思います。せめて新刊くらいは、発刊から一年や二年は貸し出し制限がついてよいだろう、と僕は思います。

最近僕が読んでいるのは、海外の小説やふるい児童文学です。こういったものは特に書店ではあまり出会いにくいものなので、新鮮です。中学生のころ、高校生のころ、こうして僕は本をよく読んでいました。試験前に徹夜しながら本を読んだことを思い出します。

誰も急いでいない交差点、曇っていても広くひらけた通り、出逢えばあいさつをする地元の老人たち、外や歩道を行くほんのわずかの人々をながめ、誰も乗っていないバスをひとり占領して、図書館へ。

静かで平穏な居間で、時事から心を切りはなすように、借りてきた本を読んでいます。

ワイドショーのテレビは消して、夜になると、外を走るわずかの車の音と、何かわからない虫の鳴き声だけを気にしないようにして、冷蔵庫の牛乳を飲んで、東京を離れたことにも人生の意味を感じながら、中学生だったころのように、読みさしの本を一冊づつ。