2011年7月13日水曜日

菅首相の進退とオススメの小説5作品(訂正あり)

6月9日に書いた記事の内容について、大幅な修正と意見の変更をします。

僕は現在、菅首相を支持しています。

6月9日に、記事で菅首相の進退についての意見を書いたころは、菅首相が首相として行っていることが、正直見えていませんでした。

菅首相を人格や政治信条的には支持していたものの、

(→過去に書いた別の記事「菅直人総理誕生。HIV/AIDSと関わりの深いゲイにとっての菅氏の存在。 http://htn.to/9Cicbg」を読めば、僕が菅首相の政治信条などを信用していることがわかります)

報道などで来る返し伝えられる政府の頼りなさをみて、菅首相にはこれほどの事態と戦う「能力」まではないんじゃないだろうか……と思っていたのです。

それで、「この未曾有の危機は本当に大変で、復興が思い通りにゆかないこともあるかもしれないけれど、菅首相の個人の資質の問題じゃなくて、そもそもの構造がよくないんだよ。菅首相がふさわしいかどうかは微妙かもしれないけれど、菅首相の個人の資質を責めても始まらないよ」という感じのニュアンスで文章を書きました。

しかし、どうやら菅首相がやっていることが、最近ようやく分かってきたように思います。

復興利権、原発利権、電力利権、震災以降の混乱のなかで、なおもこういった利権を死守しようとする人々が、復興の足止めになっている。首相は人柱になる覚悟で戦っている。

現在の僕は、菅首相の辞任に反対だし、菅首相のような人がこの未曾有の危機において首相でいてくれてよかった、と思っています。

以下の文章は6月9日に書いたものですが、以上のように菅首相を積極的に支持する意見に変わったということを表明しておきます。





今日は、菅さんの辞任問題をめぐって、僕の好きな小説に絡めて僕の意見を書きます。

貴志祐介さんという作家をご存知でしょうか。

僕は彼の作品がとても好きで、彼の多くの作品を読んでいます。

「青の炎」や「黒い家」はもちろんのこと、比較的最近の作品である「新世界より」などは本当に大変な傑作で、誰かれ構わずおすすめしたい傑作でした。

しかし、最新作の「悪の教典」にはずいぶんがっかりさせられたのです。

「悪の教典」というからには、悪とは何であるか、悪とはどのように生まれるものか、などと『悪』がはらむ数々の魅力的なテーマを扱って欲しかったのです。

主人公がサイコパスって……。

決して駄作ではありませんが、悪という魅力的なテーマをあまりにも無碍に投げ捨てているような小説だと、僕には思えました。

僕は、「悪」を掘り下げて描いた作品がとても好きなんです。

吉田修一の「悪人」、東野圭吾の「白夜行」、そうそう、貴志祐介さんの「青の炎」も、「悪」の話だと言えます。すべてオススメできるとても良質な小説です。

僕がこういった作品から共通して読み取るメッセージは、ひとつ。

それは「間違いや罪には、バックグラウンドがある」ということです。

さらに最近書かれた小説で、悪を描いた小説を紹介します。

伊坂幸太郎の「ゴールデン・スランバー」と「モダンタイムス」。

伊坂さんはこの最近の二作で、巨悪を描くということに挑戦しています。そこで素晴らしいのが、決して「悪の張本人」がここでは描かれないということです。悪の張本人が何かをしたから、大きな悲劇が起きたというプロットではないのです。

誰かひとりに悪の責任を背負わせてやっつける。勧善懲悪の水戸黄門的世界観を伊坂幸太郎は否定します。悪の中枢は空洞なんです。ジャック・オー・ランタンのパンプキンのように。

悪に実体があれば、それはとてもラクなことです。「悪でない」ミンナでそいつを糾弾してやっつけてしまえばよいわけだから。

伊坂幸太郎の描く重厚で大胆な陰謀論的ストーリーは、フィクションゆえの大胆さにスリルやスペクタクルが組み込まれて、現実を思わず忘れそうになる構造ですが、しかし、そこに描かれる悪の構造は、とても現実的なものである、と感じます。

そう、つまり、現実ってそういうふうには、ラクじゃない。

実体のない悪に向かい合わねばならない徒労感それを背負わないことには、現代で「なにがよいか」を考えることはできない、と僕は考えます。

さて、菅首相の進退問題。

今回の菅さんのケースに限らず、首相の進退や責任について世論が巻き起こるとき、僕はいつも同じことを考えるのです。

ここ数年、日本の首相は毎年変わっています。政治は失敗を繰り返し続けています。誰が首相になっても、これだけ失敗と辞任を繰り返しています。これはもはや、首相となる人の「個人の資質」の問題ではない、と思いませんか。

菅首相が辞任することに反対なわけではありません。もはや彼が辞任することで溜飲を下ろすひとの影響力を考えれば、辞任は意味のあることかもしれません。けれど、いかなる代わりの首相を立てたところで、決して長続きもしないでしょうし、その首相のもとで、あの議員たちが「良い政治」をするかといえば、まったくそうは思えないんです。

水戸黄門の時代からじっくりと染みついた「悪を発見する」という考えかたから、僕たち日本国民は抜け出せていないんじゃないでしょうか。

その意味で言えば、今回の震災は、実に示唆的だとも思います。

発見出来ない悪」のなかで「個人の資質ではどうにもならない」多くの徒労感というものを、僕たちはどう受け止めていったらいいのか。

今回の震災を「人災」と表現する人が多くいますが、その「人」とはいったい誰なのか。

サルの顔、タヌキの頭、トラの手足、ヘビの尾を持つ鵺(ぬえ)のように、得体が知れず、実体のない悪。

気味の悪いその「バケモノ」のことを、僕たちはまだ「誰か」だと思い込みたがっているのではないか、と思うのです。


▼オススメの5作

伊坂 幸太郎
新潮社
発売日:2007-11-29

伊坂 幸太郎
講談社
発売日:2008-10-15

吉田 修一
朝日新聞出版
発売日:2009-11-06

東野 圭吾
集英社
発売日:2002-05-17

貴志 祐介
講談社
発売日:2008-01-24

「新世界より」はテーマがちょっと違いますが、でもオススメなので。