2011年6月4日土曜日

清涼院流水という作家はホントマジでもうなんなん

佐賀に帰省してから、結構久しぶりに、ずいぶん昔に読んだ懐かしい本などを読んでます。

そのなかに清涼院流水という名前の作家の本がありまして。今日はその話。

僕は好きな作家の名前を聞かれると「小野不由美」さんの名前をあげることにしているのです。小野不由美ファンは小野さんのことを「主上」と呼ぶのですが、小野主上の本ならば、本当にだれにでも薦められます。

主上の本をすすめた場合、まず「つまらなかった」という人はいません。面白かったと、大体の人に反響をもらいます。もちろんもっともおすすめなのは「十二国記」ですが、「屍鬼」も「ゴーストハント」もどちらも素晴らしい。ちょい珍しいところだと「東亰異聞」なんていうのもとても面白い作品です。

とにかく小野主上の作品ならば、だれにでも薦められる。十二国記シリーズ、まだ読んだことがない人は、ぜひ、読んでみてください。今からあの世界を読むことができるという人が僕は羨ましいくらいです。とにかく面白い。

でも、実を言うと、僕が今までの人生の中で、もっともなんども作品を読み返し、もっとも長い時間と情熱をささげた作家は、別の作家なんです。

それが、清涼院流水という作家。

小野主上は、万人に、誰にでもオススメできる作家です。それに対して、清涼院流水は、おんとうに、誰に薦めたらいいのかが全然わからない作家です。

というか、危うく薦めて「つまらない」「よくわからない」「クソじゃん」「どこが面白いの?」とかえされる可能性がぶっちゃけ高すぎて、むしろ誰にもオススメできません。

でもね、それでもね、好きなんですよねえ。

僕自身もなんども「いや、これはダメだろう」「これはナシだろう」「今回ばかりはつまらないだろう」と思い直した経験があるのです。

さらに言えば、読んでいる途中でしんどくなって、「もういいや斜め読みしちゃおう」「このへん長いから飛ばそう」と適当な読み方をしたことが、何度もあるんです。

それでも、何故か、「いや、やっぱり好きかもしれない……」と思い直して、もう一度、さらにもう一度読み返してしまう。僕にとって、清涼院流水という作家は、そういう作家なのです。

正直、小野主上と比べるのはおこがましいというか、いやいやそんなあの素晴らしい小野主上と流水を同列にかたるってどうよ、と僕も正直思わないでもないんです。

西尾維新と一緒に刊行した「パーフェクト・ワールド」とか、もうほんと、何なのこの本、と思いました。箱入りのこれだけの値段する本の中身がこれかよ!と。くだらすぎるし、もうほんと、誰にもおすすめできない。amazonレビュー見たらマジでけなされまくり。

誰かに「いや、すげー面白いよ?」とか言ってもらえないと、読み続けている自分の感覚を信じられないくらいひどいです。「ぶらんでぃっしゅ?」とか、もうホント、一体なんなの、なんでこんなのをこんな長さで書き続けられるの、頭大丈夫なの、僕は本当にいらいらしながら読みました。

まあ、初期の「コズミック」「ジョーカー」あたりは一般向けというか、JDCシリーズはまあ人気だったし、いいんですよ。いや、このあたりですでにアレルギー起こしている人も結構いたと思うんですけど……。それでもまだこのへんでは人気結構ありましたね。

僕はもう全然初期作品とかマジでぜんぜん頭おかしくないと思います。いや、ほんと。

特におかしくなったのはどこからだろう。まず兆候が現れたのは「トップラン」あたりかな。いや僕はすごい好きな作品なんですが、いや、あの、おすすめしませんよ? でもすごい好きな作品なんですが、たぶんこのあたりから。

みすてりあるキャラねっと」あたりは、どうだろう、マシだろうか……。「成功学キャラ教授」もアレだったし、「コズミック・ゼロ」は、うん、大好きなんだけど、大好きなんだけど、いやあ、ね、まあね。

久しぶりのJDCシリーズで「彩紋家事件」はずいぶん帰ってきた感じがしたんだけど、もうなんていうか、まあ、それに手を出す人は流水をいちおう認めているということでいいのか。

トップランドシリーズ」はなんかいきなり終わっちゃって本当にびっくりしました。いやお前ネタ切れしただろ、ってぶっちゃけ思いました。結構好きだったんだけど……いやおすすめできませんけど! あと「とくまでやる」は〇〇ネタ使い回しかよ! と思いましたね。別作品の漫画版でやったじゃんそれ!

……ふう。

流水ファンの中では、彼は「御大」と呼ばれています。

御大、次の作品はまだですか……。「スージーQ」「神とオセロ」はどうなったんですか……。はやく新刊!