2011年10月30日日曜日

ちくしょう その2

ちくしょう(2011年6月16日に書いた記事)
http://masafiro1986.blogspot.com/2011/06/blog-post_16.html

上記の記事の続きのような文章を書きます。

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才能がない。

そのことに気がついたのは、僕はものすごく遅くて、大学に入ってからのことでした。それまで自分には才能があると信じて疑っていなかったし、夢も希望も野望もあって、全然未来のことなんか見えてなかったくせに、ちゃんと未来が目の前につながっていると何故か信じていられたのでした。

ものすごくバカだったから。

今は毎日のように、自分の才能のなさに打ちひしがれています。でもそれを認めたくなくて、ただ地道なやりかたくらいしか才能までたどり着く手段が思いつかないということに気づいてしまって、この果てしなく面倒くさがりの僕が、ものすごく少しずつ積み重ねる方法を取るようになりました。

努力は不得意なのですが、努力と同じ成果をあげるためのちいさな工夫を積み重ねることをやっています。苦手なものは工夫するしかない。往生際悪く、見よう見まねでやってみて、できることだけでなんとかのりきるしかない。このままなんとか努力できる人間になりたい。

そう、才能がないからといって、才能を身につけることを諦めようとは思わないで、往生際の悪い道を選ぶことにしました。晩成かもしれないけれど、才能を諦めるよりもいい。

喉から手が出るほど、才能が欲しいです。なのに努力が不得意です。

……僕は少し前まで、自分のことを、もっと自由な人間だと思っていました。

自由で、気ままで、好き勝手に生きているような、調子のいい人間だよなあって。

でも、なんか、こんなに自分自身って想いのままにならないんだって、これってものすごく不自由なんじゃないかって、最近ではそんなふうに感じます。それもまた悔しい。才能に憧れて、才能に呪縛されて、努力はでも不得手で、今更まじめにはなれなくて。

僕は多様性には寛容でいようと思ってきたし、実際、他人に対してはそれができているつもりでした。いろんな個性があって、いろんな人生があっていいんだって。すべてのひと、いてよし。そう思っているし、誰に対してもそんなふうに思えてるって、そんなふうに自分を捉えていました。

でも違った。他でもない自分の人生を僕は差別していたし、いまでもそう。誰かが才能を発揮するように、僕もそのようにありたいという欲望。あの王冠が、どうしても欲しい。ゼロかイチか、なんです。王冠を逃すくらいなら、平民になっても落伍者になっても同じなんじゃないか。

大学卒業してもまだくすぶってて、こんなんでいいのか。悔しい。いつかあざ笑うすべてを覆したい。最近はそう思う毎日です。そういうのって呪縛以外の、不自由以外の何者でもないですね。

でも自分で選んだ道なんだから正解です。僕は誰にも選ばせなかった。嫌なやつかもしれないけれど、いまはそのプライドだけが、なけなしの持ち手です。